爺さんは、今週もやって来た。
この講座に申し込んでいるのだから、来て不思議ではないのだが、行動、挙動が怪しいのだ。
爺さんが、私の講座に出るようになって、もう何年経つであろうか。
爺さんに関心がある訳ではないので、はっきりとは覚えていないが、多分、もう3年は経ったであろう。
オープンカレッジの講座は、半期(半年)単位だ。
爺さんは、この3年間、毎半期欠かさず、受講しているのだ。
どうして、そこまで熱心なのだ。
半期毎に講座内容が変わるので、2年くらいは総て受講しても、それはおかしくはない。
しかし、講座内容はもう一巡して、今、爺さんが受講している講座は既に、爺さんも聞いたことのある内容なのだ。
西洋美術史に、爺さんはそんなに関心があるのか?
爺さんと云っても、60歳を少し過ぎたくらいで、風貌からは老紳士と云ってもいいくらいではある。
しかし、眼は誤魔化せない。
あの眼は、紳士の眼差しではない。紳士というよりも、変態という方が相応しい。
私のことを、『そういう』対象として見ていることは間違いない。
だから、爺さんは、老紳士ではなく、『爺さん』なのだ。『エロ爺』といった方が正確かもしれない。
時に生やすあのあご髭が怪しい。
あの白い髭を武器に使うつもりではないのか。
ああ、あの髭で攻められたら、と思うと......
はっ、私は何を思っているのだ。爺さんと、なんて考えただけで、虫酸が走る。
しかし、友人のトシ美が云っていた。
「虫酸って、実は快感になるのね」
トシ美は奔放だ。
彼女の『交際』範囲は、老若男女、ボーダーもエンドもない。
何人かの『交際』相手には、会ったことがある。彼女と腕を組み、街を歩く少しイケメンな『交際』相手を見かけたこともあるが、中には、「こんな人と?」という相手もいた。
私だったら、そんな相手、虫酸が走って『無理』と思っていたら、他人の心を読む能力でもあるのか、トシ美が云った。
「虫酸っていうのも、快感になることがあるのよ。『ああ、イヤだ、イヤだ、こんな人』って思っていたのが、いつの間にか、身体中を虫が這いずり廻る感覚が堪らなくなったりするものよ」
虫酸って、身体中を虫が這いずり廻る感覚のことだったかなあ、という疑問も湧かなくはなかったが、『堪らなくなったりする』とトシ美が表現する感覚に囚われた。
今日の講義でも、虫酸の走るあの爺さんが教室の最前列に座り、舐める眼でこちらを凝視めている。
ああ、虫酸が走る。
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無意識の内に、脚を掻く。
眠っている間に、蚊に噛まれたらしい。
正しくは、寝ていて意識がないので、蚊に噛まれたかどうかは分らず、ただボリボリと脚を何箇所も掻いていた。
その内にようやく、ビエール・トンミー氏は、
「ちっ、蚊かあ。くそっ、痒い」
と意識が戻ってくる。
「折角、夢を見ていたのに」
『折角』という表現が妥当とは限らない夢であったが、その表現をつい使ってしまう夢ではあった。
内容は思い出せないのだが、屈辱的な夢であったようには思う。しかし、どこか快感も伴っていたような気がするのだ。
蚊に噛まれた感覚に近いと云えるかもしれない。
「ちくしょう、痒い!」
とは思うものの、刺されて痒い箇所をボリボリ掻くことに快感を覚えもするように。
「何時だ?......まだ、午前8時半か」
退職暇老人は、夜な夜な自分の部屋で『蠢き』、朝7時になると床につく。
午前8時半では、まだ眠りが足らない。
老人は再び、眠りに落ちていた。
(続く)
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