2017年6月4日日曜日

美人講師のアトリビュート(その3)




カルチャーセンターの講座にも爺さんは現れた。

白いマスクに妙な形の帽子、レーバン風のサングラスを着用していたが、私には、それが爺さんだと直ぐに判った。

老人臭と汗とが入り混じった独特の臭いは誤魔化せないのだ。

「お前は、あの臭いを敢えて、いつも持ち帰っているではないか。あの臭いを記憶に留め、帰宅すると、倒れ込むようにソファに座り、それから.......」

心の中の声はそう云ったが、違う、違う!

と思っている内に、授業開始となったが、その時、ミニスカートに、センター分けのロングヘアの女の子が入って来たのであった。アグネスだ。

サングラスに隠れた爺さんの眼が、ミニスカートからムッチリと出たアグネスの太ももに釘付けになった。

パワーポイント画像を映す為、消灯した教室の中で爺さんは、荒い鼻息を立てた。

爺さんの席から、斜め前に座るアグネスの太ももは見えるはずだ。消灯はしているが、足元灯がいくつか付いており、見えなくはないはずだ、あの太ももが。

浮気者め、いい歳をして!

虫酸の走るあの爺さんの舐める眼が今、凝視めているのは、一体、どちらなのだ!?




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5月1日にも、爺さんはやって来た。

エロ爺め!

なかったことにするつもりかもしれないが、私は見たのだ。爺さんが、誰もいない大学のキャンパスで途方に暮れていた姿を。

爺さんは、多分、最寄駅から、殆ど誰も乗っていないバスに乗って来たであろう。

そして、普段は、男女の学生でごった返している講堂前に誰もいないことに首を傾げながら、カレッジの本館ビルまで歩を進めたのだ。

誰もいないなあ、と思っていたであろうし、その通り、殆ど誰もキャンパスにはいなかった。爺さんを見かけ、木陰からその姿を追っていた私以外には誰もいなかった。

爺さんは、カレッジの本館ビルのエレベーターに乗り、8階ボタンを押したが、ボタンは何も反応せず、エレベーターは頑と動こうとしなかった。

そこでようやく爺さんは、エレベーターが稼働停止となっていることに気付いた。しかし、まだ肝心なことには気付いていなかった。



仕方なく爺さんは、階段に向い、「ふーん」とため息を吐き、登りかけた。10段くらい登ったところで、爺さんは歩を止め、振り向いた。

振り向いたところで、誰もいない。いや、柱の陰から私は爺さんの姿を盗み見ていたが、爺さんは気付かない。

だが、爺さんは気付いたようだ。誰もいない理由に気付いたようだ

「あっ!」

爺さんは、小さく声を上げたのだ。

爺さんは、その日が5月1日で、大学は全学休講であることに気付いたのだ。

肩を落とし、爺さんは階段を降りた。そして、私が潜む柱の横を肩を落として通り過ぎた。

爺さんのあの独特の臭いがした。私は大きく息を吸った。いや、爺さんの臭いを吸った。

思わず、爺さんに声をかけようとした。

「トンミーさん、いいんですよ。今日は休講だけど、プライベート・レッスンを致しましょうか?研究室にいらっしゃいませんこと….だーれもいないので、ゆっくり補講ができますことよ」

ああああ、ダメだダメだ。何を考えているのだ!あんな爺さんにどうしてそんなことをするのだ。

私は自分の中の疼きを必死で抑えた。

今日は、ボッチチェリに関する翻訳の続きを書く為に大学に来たのだ。そうだ、決して爺さんに会うためではない。爺さんにプライベート・レッスンをするためなんかではない。

だって、今日は全学休講日なんだから、爺さんが来るはずはないではないか。

違う、違う。無意識の内に、休講なのを忘れた爺さんが大学に来るのではないか、と期待なんてする訳がない。そんな確率の低いことに賭けるなんてことをするはずがない。

それでも大学に来るとしたら、私は余程、爺さんに….

な、な、何を考えているのだ。相手は、爺さんだぞ。昔はイケメンであった名残はあるものの、今は、ただの臭い爺さんだ。

私は、あんな臭い爺さんに囚われてなんかいないぞ!

そうだ、決して囚われてないない…..しかし、爺さんは私の…….

私のその思いも知らず、爺さんは、キャンパスを出口に向って行った。

休講とも知らず、大学まで来たこと、そして、キャンパスに誰もいないのに、稼働停止のエレベーターに乗るという間抜けをしてしまったことの恥を悟られぬようにか、背を窄めて歩いて行った。



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無意識の内に、脚を掻く。

またまた、蚊に刺されたらしい。

正しくは、寝ていて意識がないので、蚊に噛まれたかどうかは分らず、ただボリボリと脚を何箇所も掻いていた。

その内にようやく、ビエール・トンミー氏は、

「ちっ、蚊かあ。くそっ、痒い」

と意識が戻ってくる。

「折角、夢を見ていたのに」

『折角』という表現が妥当とは限らない夢であったが、その表現をつい使ってしまう夢ではあった。

内容は思い出せないのだが、快感のある夢であったような気がするが、快感と共に、どこか恥の感覚も残る夢であった。

「ちくしょう、痒い!」

忘れたいのに忘れられぬ恥のように、刺された箇所の痒みは止まらなかった。何が恥ずかしいのだ。恥ずかしさがあるとしたら誰もいない…..

「何時だ?......まだ、午前10時半か」

先程、再度、眼を覚ましてからまだ1時間だ。

午前10時半では、まだ眠りが足らない。

老人は三度、眠りに落ちていた。


(続く)
















爺さんは、カルチャーセンターにもやって来た。

どこまで私につきまとうのだ。

白いマスクに妙な形の帽子、レーバン風のサングラスを着用しているが、私には、それが爺さんだと直ぐに判った。

正体を隠す格好をし、教室の一番後ろに座っていたが、その方が却って目立つのだ。

顔は判別出来ないのに、どうしてそれが爺さんだと判ったのかというと、臭いだ。

老人臭と汗とが入り混じった独特の臭いだ。

普段は、オープンカレッジの教室で私の目の前に座っており、その臭いをもろに浴びる。

カルチャースクールでは、最後列に座っているが、それでも臭うのだ。あの臭いは強烈なのだ。

強烈だから離れていても、臭いで爺さんだと判る、と思いたいし、実際、そのはずである。

だが、心の中の声がこう言っていることを、私は認めざるを得ない。

「お前は、あの臭いを敢えて、いつも持ち帰っているではないか。あの臭いを記憶に留め、帰宅すると、倒れ込むようにソファに座り、それから.......」

違う、違う!

臭いが記憶されるなんてことがあるものか。

ましてや、あの独特の、悪臭とも呼ぶべき臭いを敢えて自宅に持ち帰るなんてことはない。

あの臭いを自宅に持ち帰り、ソファに倒れ込み、そして、等ということは断じてない!

帰宅すると、特にオープンカレッジの日は、疲れからソファに倒れ込みはする。しかし、そこで、記憶から臭いを呼び起こし、なんてことはない。

疲れているので、ソファに倒れ込んだ後は、しばらく意識を無くしてはいる。

スカートをたくし上げ、股を広げ、解放感に浸りながら、意識を失っている姿を他人が見たら、誤解をするかもしれないが、それはその通り誤解だ。

キンコンカンコーン!

チャイムが鳴った。頭を振り、意識を覚醒させ、カルチャースクールの受講生たちに顔を向けた。

さあ、講義を始めようとした時、教室の後ろの扉が開き、ミニスカートに、センター分けのロングヘアの女の子が入って来た。

既に席に座っていた他の女の子が、声を掛けた。

「こっちよ、アグネス!」

アグネスと呼ばれた女の子は、手を振りながら、小走りに、掛けられた声の方に向った。

チャイムと同時に入って来たので、遅刻とは云えないが、講義を始めようとした矢先であった。講師としては、やりにくい。迷惑だ。

爺さんは、と云うと、こちらに向けていた眼が、アグネスの方に移っていた。

サングラスに隠れた爺さんの眼が、ミニスカートからムッチリと出たアグネスの太ももに釘付けになっているのが、私には分った。

この変態めが!

お前は、若い娘がいいのか!?お前の目当ては、こちらだろう。

「エフン」

咳払いだ。しまった。ついつい、アグネスと呼ばれる娘と爺さんに気を取られていた。講義始めないといけなかったのだ。

教室を消灯し、スクリーンにパワーポイントの画面を映し出した。ロートレックのデッサン等を見せ、解説をした。

幾度も講義した内容なので、頭を働かせずとも口が勝手に解説をする。

なので、頭の方は別のことが気になって仕方なかった。

暗闇に鼻息が凄いのだ。爺さんだ。

爺さんの鼻息が荒かった。興奮しているのだ。何に興奮しているのだ?

ロートレックにか?そんなはずがない。

では、私にか?そうであろう、多分、そうであろう。

爺さんは、私を目当てに、オープンカレッジにも、このカルチャーセンターの講座にも顔を出していることは間違いない。

気持ち悪いが絶対にそうだ、絶対に。

だが、荒磯の鼻息が向いているには、こちらではないような気もする。

爺さんの席から、斜め前に座るアグネスの太ももは見えるはずだ。消灯はしているが、足元灯がいくつか付いており、見えなくはないはずだ、あの太ももが。

浮気者め、いい歳をして!

虫酸の走るあの爺さんの舐める眼が今、凝視めているのは、一体、どちらなのだ!?


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無意識の内に、脚を掻く。

また、蚊に刺されたらしい。

正しくは、寝ていて意識がないので、蚊に噛まれたかどうかは分らず、ただボリボリと脚を何箇所も掻いていた。

その内にようやく、ビエール・トンミー氏は、

「ちっ、蚊かあ。くそっ、痒い」

と意識が戻ってくる。

「折角、夢を見ていたのに」

『折角』という表現が妥当とは限らない夢であったが、その表現をつい使ってしまう夢ではあった。

内容は思い出せないのだが、快感のある夢であったような気がするが、快感と共に、どこか疚しさの感覚も残る夢であった。

「ちくしょう、痒い!」

忘れたいのに忘れられぬ疚しさのように、刺された箇所の痒みは止まらなかった。何が疚しいのだ。疚しさがあるとしたら棄てたあの女…..

「何時だ?......まだ、午前9時半か」

先程眼を覚ましてからまだ1時間だ。

午前9時半では、まだ眠りが足らない。

老人は再び、眠りに落ちていた。


(続く)




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