新宿駅で山手線を降りたトシ子は、SNSで呟いた。
「さっき、電車の中に変なお爺ちゃんがいた…….隣で臭かった」
2017年6月9日、夕方6時過ぎである。
山手線原宿駅ホームで、一人の老紳士が「ふーっ」と息をついていた。
「あんな混んだ電車は久しぶりだった」
30歳を前にしたOLのトシ子は、SNSで更に呟いた。
「どうして電車の中で万歳してたんだろ、あの爺さん?」
一見、じっくりと自分の立場を考えて仕事をする、物静かで理路整然と話すクレバーな会社役員にも見える老紳士は、原宿駅ホームで人波に流されていた。
「痴漢に間違えられるのではないか、と心配だった」
顔を顰めながら、トシ子は呟きを続けた。
「万歳して、両手を上げるから、アタシの顔の前に爺さんの脇があって、堪らなかった。あれって、ワキガって云うの?」
ホームを流されるように歩いていると、若いサラリーマンに肩をぶつけられ、老紳士はよろけた。
「痴漢に間違えられたら嫌だから、取り敢えず、両手を上げた….」
ワキガを思い出し、顔を顰めながらも、どこか喜悦の表情を浮かべながら、トシ子は呟いた。
「そうだ、クサヤみたいだった。臭いけど、食べたいクサヤみたいだった、ふふ」
既に、現役を引退し、仕事の現場を離れて久しい老紳士は、東京オリンピックを思い出していた。
「両手を上げていると、ゴールするアベベみたいだった」
2020年に開催される東京オリンピックのポスターの横を歩きながら、トシ子は呟きを続けた。
「あの爺さん、変態だわ。体のアソコをアタシの腰に引っ付けて来たのよ」
老紳士は、勤めていた会社の独身寮の同窓会に向っていた。
「満員電車で、隣にオープンカレッジの美人講師に似たOLがいて、困ってしまった。アソコが『反応』してしまった」
大学で西洋美術史の講師をしている姉を持つトシ子は、最後の呟きを書いた。
「あの爺さん、スゴかったあああ。最近、仕事が忙しくて余り相手にしてくれないカレよりも、ふふ」
会社の元同僚たちからは、仕事ができ、マーケティング部にいた会社のマドンナをものにした(娶った)エリートと思われている老紳士は、電車内での『興奮』を鎮めようと努力していた。
「同窓会では、自分が実は、『変態老人』であることは隠さないとな」
そう、老紳士こと、「ニヒルに見せかけて、実は仮面をかぶったヘンタイ男」は、ビエール・トンミー氏なのであった。
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