2017年6月3日土曜日

美人講師のアトリビュート(その2)




今日のオープンカレッジの講義でも、虫酸の走るあの爺さんが教室の最前列に座り、舐める眼でこちらを凝視めている。

ああ、虫酸が走る。

奔放なトシ美が云っていた。

「虫酸っていうのも、快感になることがあるのよ。『ああ、イヤだ、イヤだ、こんな人』って思っていたのが、いつの間にか、身体中を虫が這いずり廻る感覚が堪らなくなったりするものよ」




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爺さんは、カルチャーセンターにもやって来た。

どこまで私につきまとうのだ。

白いマスクに妙な形の帽子、レーバン風のサングラスを着用しているが、私には、それが爺さんだと直ぐに判った。

正体を隠す格好をし、教室の一番後ろに座っていたが、その方が却って目立つのだ。

顔は判別出来ないのに、どうしてそれが爺さんだと判ったのかというと、臭いだ。

老人臭と汗とが入り混じった独特の臭いだ。

普段は、オープンカレッジの教室で私の目の前に座っており、その臭いをもろに浴びる。

カルチャースクールでは、最後列に座っているが、それでも臭うのだ。あの臭いは強烈なのだ。

強烈だから離れていても、臭いで爺さんだと判る、と思いたいし、実際、そのはずである。

だが、心の中の声がこう言っていることを、私は認めざるを得ない。

「お前は、あの臭いを敢えて、いつも持ち帰っているではないか。あの臭いを記憶に留め、帰宅すると、倒れ込むようにソファに座り、それから.......」

違う、違う!

臭いが記憶されるなんてことがあるものか。

ましてや、あの独特の、悪臭とも呼ぶべき臭いを敢えて自宅に持ち帰るなんてことはない。

あの臭いを自宅に持ち帰り、ソファに倒れ込み、そして、等ということは断じてない!

帰宅すると、特にオープンカレッジの日は、疲れからソファに倒れ込みはする。しかし、そこで、記憶から臭いを呼び起こし、なんてことはない。

疲れているので、ソファに倒れ込んだ後は、しばらく意識を無くしてはいる。

スカートをたくし上げ、股を広げ、解放感に浸りながら、意識を失っている姿を他人が見たら、誤解をするかもしれないが、それはその通り誤解だ。

キンコンカンコーン!

チャイムが鳴った。頭を振り、意識を覚醒させ、カルチャースクールの受講生たちに顔を向けた。

さあ、講義を始めようとした時、教室の後ろの扉が開き、ミニスカートに、センター分けのロングヘアの女の子が入って来た。

既に席に座っていた他の女の子が、声を掛けた。

「こっちよ、アグネス!」

アグネスと呼ばれた女の子は、手を振りながら、小走りに、掛けられた声の方に向った。

チャイムと同時に入って来たので、遅刻とは云えないが、講義を始めようとした矢先であった。講師としては、やりにくい。迷惑だ。

爺さんは、と云うと、こちらに向けていた眼が、アグネスの方に移っていた。

サングラスに隠れた爺さんの眼が、ミニスカートからムッチリと出たアグネスの太ももに釘付けになっているのが、私には分った。

この変態めが!

お前は、若い娘がいいのか!?お前の目当ては、こちらだろう。

「エフン」

咳払いだ。しまった。ついつい、アグネスと呼ばれる娘と爺さんに気を取られていた。講義始めないといけなかったのだ。

教室を消灯し、スクリーンにパワーポイントの画面を映し出した。ロートレックのデッサン等を見せ、解説をした。

幾度も講義した内容なので、頭を働かせずとも口が勝手に解説をする。

なので、頭の方は別のことが気になって仕方なかった。

暗闇に鼻息が凄いのだ。爺さんだ。

爺さんの鼻息が荒かった。興奮しているのだ。何に興奮しているのだ?

ロートレックにか?そんなはずがない。

では、私にか?そうであろう、多分、そうであろう。

爺さんは、私を目当てに、オープンカレッジにも、このカルチャーセンターの講座にも顔を出していることは間違いない。

気持ち悪いが絶対にそうだ、絶対に。

だが、荒いその鼻息が向いているのは、こちらではないような気もする。

爺さんの席から、斜め前に座るアグネスの太ももは見えるはずだ。消灯はしているが、足元灯がいくつか付いており、見えなくはないはずだ、あの太ももが。

浮気者め、いい歳をして!




虫酸の走るあの爺さんの舐める眼が今、凝視めているのは、一体、どちらなのだ!?


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無意識の内に、脚を掻く。

また、蚊に刺されたらしい。

正しくは、寝ていて意識がないので、蚊に噛まれたかどうかは分らず、ただボリボリと脚を何箇所も掻いていた。

その内にようやく、ビエール・トンミー氏は、

「ちっ、蚊かあ。くそっ、痒い」

と意識が戻ってくる。

「折角、夢を見ていたのに」

『折角』という表現が妥当とは限らない夢であったが、その表現をつい使ってしまう夢ではあった。

内容は思い出せないのだが、快感のある夢であったような気がするが、快感と共に、どこか疚しさの感覚も残る夢であった。

「ちくしょう、痒い!」

忘れたいのに忘れられぬ疚しさのように、刺された箇所の痒みは止まらなかった。何が疚しいのだ。疚しさがあるとしたら棄てたあの女…..

「何時だ?......まだ、午前9時半か」

先程眼を覚ましてからまだ1時間だ。

午前9時半では、まだ眠りが足らない。

老人は再び、眠りに落ちていた。


(続く)















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