2018年6月30日土曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その135]





「エヴァさん、曲がれるよね?」

リフトに乗る列のすぐ前にいた女性に、もう一度、尋ねられたが、エヴァンジェリスト氏は、

「は!?......いや…..」

と、曖昧に答えただけであった。

「あ、そうかあ。そうなんだあ…..」
「(いや、違うんだ!)」

列のすぐ前にいた女性の背中に、必死に眼で訴えた。

「(ボ,ボクは、『曲がったことが嫌いな男』なんだ。スキーで『曲がる』なんてことはできないんだ!)」

1982年の冬、エヴァンジェリスト氏は、こうして、会社の同期の皆でスキーをしに来ていた草津のスキー場のリフトに乗る列から1人離れて行った。

「(ボクは、『曲がったことが嫌いな男』なんだ)」

列から離れて行きながら、まだ言い訳をしていた。

「(でも、あのカーブを『曲がらなかったら』、山から飛び出してしまうんだ)」
「(スキーのジャンプはまだ練習していないんだ)」
「(どうするのだ……何をするのだ……..)」

ロッヂ前に立ち、リフトに乗る列に並ぶ会社の同期連中を見遣った。彼らはもう、別世界の人間であった。

「(ボクはやはり所詮、貧乏人の小倅なのか)」

眼前のゲレンデがスクリーンとなり、そこに広島のキリンビアホールのテーブルを囲む家族の姿が映った。






「(小学生の自分には、キリンビアホールでの食事が年に1度の贅沢だった)」

その暖かい想い出が、今は自らの惨めさを知らしめるものとなっていた。

「(やっぱりスキーなんて、金持ちの道楽スポーツだ)」

貧乏人としての矜持を取り戻してきていた。

「(金持ちなんて、『義人』だ)」



同期の連中だけではなく、眼の前のゲレンデで屈託なくスキーに興じる男女は皆、エヴァンジェリスト氏にとって、自身の修士論文『François MAURUAC』論的世界の中に於ける『義人』であった。

「(『義人』は、平気で『曲がる』のだろう)」

エヴァンジェリスト氏の論理は、経験のないスキー・ジャンプよりも更に飛躍していた。

「(ボクは、『曲がったことが嫌いな男』だ。だから、『ウエ』には行かないのだ)」

…….しかし、エヴァンジェリスト氏は、自身が詭弁を弄していることを知っていた。

だから、頭の中で、列の前にいた女性の言葉がリフレインしていたのだ。

「エヴァさん、曲がれるよね?」


(続く)



2018年6月29日金曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その134]



「エヴァさん、曲がれるよね?」

リフトに乗る列のすぐ前にいた女性が、もう一度、尋ねた。

「は!?......いや…..」

1982年の冬、エヴァンジェリスト氏は、会社の同期の皆で草津のスキー場にスキーをしに来ていた

「あ、そうかあ。そうなんだあ…..」
「(いや、違うんだ!)」

列のすぐ前にいた女性の背中に、必死に眼で訴えた。

「(ボ,ボクは、『曲がったことが嫌いな男』なんだ。スキーで『曲がる』なんてことはできないんだ!)」

そうだ、エヴァンジェリスト氏は、『曲がったことが嫌いな男』であった。それは事実であった。

「(だから、だから…….『曲がったことが嫌いな男』だから……)」

と、誰に対するものか分らぬ言い訳をして、エヴァンジェリスト氏は、列を離れた。






「(そりゃ、そうよね)」

『ウエ』の方に行くリフトに乗る列から、エヴァンジェリスト氏が、密やかに離れて行った時、氏の前にいた女性は、目の片隅で、その姿を一瞥した。

「(ボクは、『曲がったことが嫌いな男』なんだ)」

列から離れて行きながら、まだ言い訳をしていた。

「(でも、あのカーブを『曲がらなかったら』、山から飛び出してしまうんだ)」

どこに行けばいいのか、分らなかった。

「(スキーのジャンプはまだ練習していないんだ)」

先ずは、ロッヂ方面に行くしかなかった。

「(どうするのだ……何をするのだ……..)」

ロッヂ前に立ち、リフトに乗る列に並ぶ会社の同期連中を見遣った。彼らはもう、別世界の人間であった。

「(ボクはやはり所詮、貧乏人の小倅なのか)」



眼前のゲレンデがスクリーンとなり、そこに広島のキリンビアホールのテーブルを囲む家族の姿が映った。


(続く)




2018年6月28日木曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その133]



「エヴァさん、曲がれるよね?」

列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、リフトの上って行く先を見た。1982年の冬、そこは、草津のスキー場であった。会社の同期の皆でスキーをしに来ていた。

「(『曲がっている』ぞ!)」

リフトの上って行ったその先は、そう、カーブしていた。

「(『曲がれない』と、どうなるのだ?)」

と、顔を歪め、美貌を損ねたが、損なわれていない知性が想像した。

「(あのカーブしているところで『曲がらない』と、山から飛び出すではないか!)」

エヴァンジェリスト氏は、スキーを付けたまま山から飛び出す自分の姿を想像した。

「(いや、違う!)」

何が違うと云うのだ。

「(怖くなんかない。違うぞ、違うんだあ)」

列のすぐ前にいた女性が、もう一度、尋ねた。

「エヴァさん、曲がれるよね?」






「は!?......いや…..」

曖昧に返事した。

「あ、そうかあ。そうなんだあ…..」

何も回答していないのに、列のすぐ前にいた女性は、1人納得し、また前を向いた。

「(いや、違うんだ!)」

列のすぐ前にいた女性の背中に、必死に眼で訴えた。

「(違うんだ!怖くなんかないんだ!)」



心中の思いを声として出すと、真意は、言葉とは真逆であることを証明してしまうことは分っていた。

「(ボ,ボクは、『曲がったことが嫌いな男』なんだ。スキーで『曲がる』なんてことはできないんだ!)」

そうだ、エヴァンジェリスト氏は、『曲がったことが嫌いな男』であった。それは事実であった。

「(だから、だから…….『曲がったことが嫌いな男』だから……)」

と、誰に対するものか分らぬ言い訳をして、エヴァンジェリスト氏は、列を離れた。


(続く)



2018年6月27日水曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その132]



「エヴァさん、曲がれるよね?」

列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、固った。

「(『曲がれる』?『曲がる』?....どういうことだ?)」

リフトの上って行く先を見た。そこは、草津のスキー場であった。

「(山だ!)」

当り前である。スキー場なんだから、山である。若きエヴァンジェリスト氏は、1982年の冬、会社の同期の皆でスキーをしに来ていたのだ。

「(しかも、『曲がっている』ぞ!)」

リフトの上って行ったその先は、そう、カーブしていた。

「(『曲がれない』とどうなるのだ?)」

と、顔を歪め、美貌を損ねたが、損なわれていない知性が想像した。

「(まさか!まさか、『曲がれない』と…..)」






「(あのカーブしているところで『曲がらない』と、山から飛び出すではないか!)」

エヴァンジェリスト氏は、スキーを付けたまま山から飛び出す自分の姿を想像した。


「(うっ……….)」

慄いた。

「(いや、違う!)」

何が違うと云うのだ。

「(怖くなんかない。違うぞ、違うんだあ)」

エヴァンジェリスト氏の眼には、現実界は何も映っていない。

「エヴァさん、曲がれるよね?」

列のすぐ前にいた女性が、もう一度、尋ねた。


(続く)




2018年6月26日火曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その131]



「エヴァさん、曲がれるよね?」

列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、友人のビエール・トンミー氏は、59歳で仕事から完全リタイアした後、毎朝欠かさず、テレビ朝日の羽鳥慎一のモーニングショーを録画して見るものの、全く興味がない芸能関係やスポーツ関係の部分は飛ばして見る、という『真っ直ぐな』姿勢を崩さないようになることを、まだ知らなかった。


-------------------------------


1982年の冬、若きエヴァンジェリスト氏は、会社の同期の皆でスキーをする為、来ていた草津のスキー場でリフトに乗る列に並んでいた。

「(皆、驚くだろうな。ボクがこんなにスキーが上手いなんて。ハハハハハハ)」

その日の午前中、同期のオン・ゾーシ氏にスキーの手解きを受け、

「いいね、いいね。エヴァさん、上手いよ」

と、おだてにられ、いい気になってしまったのだ。

自身の修士論文『François MAURUAC』論は、『己を見る』ことをテーマとしていたが、その時のエヴァンジェリスト氏は、すっかり『己を見る』ことを忘れていた。

自分の華麗な滑降姿を妄想し、

「(どっちに見える?若大将か?裕次郎か?)」
「(東宝がいいのか?石原プロがいいのか?)」
「(しかし、石原プロに入ってあげないといけないかもな…..うーむ。裕次郎さんは、具合が悪かったみたいだものなあ)」
「(石原プロには次のスターが必要であろう)」

この時、エヴァンジェリスト氏には、『石原プロ救済』という、傲岸不遜な使命感が芽生えたのだ。

「(入社したばかりの会社には申し訳ないが、早ければ今年度一杯で退社させてもらうことになるかもしれん)」

列の前後には、同期が並んでいた。

「(君たちともこれが最後の付合いになるのだろうなあ)」

その時、エヴァンジェリスト氏の前に並んでいた同期の女性が振り向いて、云った…..

「ところで、エヴァさん…..」






「エヴァさん、曲がれるよね?」

列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、固った。

「(『曲がれる』?『曲がる』?....どういうことだ?)」

固まりながらも、知性と美貌の持ち主であるエヴァンジェリスト氏には分っていた(この場合、美貌は関係ないかもしれないが)。

「(そ、そ、そうか!『曲がらないといけない』のか!)」

リフトの上って行く先を見た。

「(山だ!)」

当り前である。スキー場なんだから、山である。

「(しかも、『曲がっている』ぞ!)」

リフトの上って行ったその先は、そう、カーブしていたのだ。



「(『曲がれない』とどうなるのだ?)」

と、顔を歪め、美貌を損ねたが、損なわれていない知性が想像した。

「(まさか!まさか、『曲がれない』と…..)」



(続く)




2018年6月25日月曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その130]



「エヴァさん、曲がれるよね?」

列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、友人のビエール・トンミー氏は、59歳で仕事から完全リタイアした後、毎朝欠かさず、テレビ朝日の羽鳥慎一のモーニングショーを録画して見るという『真っ直ぐな』姿勢を崩さないようになることを、まだ知らなかった。


-------------------------------



『ウエから降りてくる』為、皆もエヴァンジェリスト氏もロッヂを出た。

1982年の冬、若きエヴァンジェリスト氏は、会社の同期の皆でスキーをする為、草津のスキー場に来ていたのであった。

ロッヂのレストランで昼食にカレーを食べながら、エヴァンジェリスト氏は、妄想にふけった。

「(どっちに見える?若大将か?裕次郎か?)」
「(東宝がいいのか?石原プロがいいのか?)」

午前中、同期のオン・ゾーシ氏にスキーの手解きを受け、

「いいね、いいね。エヴァさん、上手いよ」

と、おだてにられ、いい気になってしまったのだ。

スターがカレーを食べ終えた頃、同期の誰かが皆に云った。

「じゃあ、午後は、ウエから降りてこようか!」

 『ウエから降りてくる』……その意味を、その時、妄想スターのエヴァンジェリスト氏は、理解していなかった。

「(しかし、石原プロに入ってあげないといけないかもな…..うーむ。裕次郎さんは、具合が悪かったみたいだものなあ)」

1981年、石原裕次郎は、解離性大動脈瘤で手術を受けている。

「(石原プロには次のスターが必要であろう)」

この時、エヴァンジェリスト氏には、『石原プロ救済』という、傲岸不遜な使命感が芽生えたのだ。






「(知性と美貌はもとよりある。自分で云うべきものではないが、事実は事実として受け止めることも必要だ)」

知性と美貌については、確かに否定はできない。

「(そこに今日、スキーという特技もものにしたのだ。石原プロの次代のスターに相応しい存在となったのだ)」

妄想スターの前には、草津のスキー場の広大なゲレンデが広がっていた。

「じゃ、リフトで『ウエ』に上がろうか」

エヴァンジェリスト氏が午前中に乗った初心者用コースのリフトは、ゲレンデに向って右手にあったが、左手にもリフトがあった。もっと『ウエ』まで上る為のリフトだ。

「(皆、驚くだろうな。ボクがこんなにスキーが上手いなんて。ハハハハハハ)」

リフトに乗る列に並んだ。

「(入社したばかりの会社には申し訳ないが、早ければ今年度一杯で退社させてもらうことになるかもしれん)」

列の前後には、同期が並んでいた。

「(君たちともこれが最後の付合いになるのだろうなあ)」

という感慨はあったものの、エヴァンジェリスト氏の心は、『スター』という未来の栄光に奪われているようであった。

「(だが、君たちは、あの銀幕のスター『エヴァンジェリスト』って、同じ会社の同期だった奴なんだぜ、と云えるのだ。ハハハハハハ)」



その時、エヴァンジェリスト氏の前に並んでいた同期の女性が振り向いて、云った…..

「ところで、エヴァさん…..」


(続く)



2018年6月24日日曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その129]



「エヴァさん、曲がれるよね?」

列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、友人のビエール・トンミー氏は、お互いに社会人になり、殆ど会うことがなくなっていた時期に、テニス、スキーだけではなく、ゴルフまでするようになる程、セレブ街道『まっしぐら』となったものの、やがてテニスもスキーもゴルフも引退してしまったのは、セレブ面することを嫌う『真っ直ぐな』男であったからもしれない、と、友人のことを思うようになることを、まだ知らなかった。


-------------------------------


「(『カレーを食べるスター』なんて感じで、『明星』か『平凡』に載るかもしれん)」

1982年の冬、若きエヴァンジェリスト氏は、会社の同期の皆でスキーをしに来た草津のスキー場のロッヂのレストランでカレーを食べながら、妄想にふけっていた。

初心者のエヴァンジェリスト氏にスキーの基本を教えたン・ゾーシ氏に、

「いいね、いいね。エヴァさん、上手いよ」

と、おだてにられ、いい気になってしまったのだ。

「(んん?....いいか、そうか、上手いのか!)」
「(どっちに見える?若大将か?裕次郎か?)」
「(映画関係者がいたらどうしよう?)」
「(入社したばかりだからなあ)」
「(東宝がいいのか?石原プロがいいのか?)」

スターがカレーを食べ終えた頃、同期の誰かが皆に云った。

「じゃあ、午後は、ウエから降りてこようか!」






『ウエから降りてくる』為、皆もエヴァンジェリスト氏もロッヂを出た。

 『ウエから降りてくる』……その意味を、その時、妄想スターのエヴァンジェリスト氏は、理解していなかった。

「(まあ、そりゃそうだろうな。スキーは、『ウエから降りてくる』ものだ。『シタから降りてくる』ことはないし、『ウエから上ってくる』こともあるまい。『シタから上ってくる』こともできはしないであろう)」

と、自身の論理性に満足していた。

「(東宝がいいのか?石原プロがいいのか?)」

加山雄三とも石原裕次郎とも学校的に縁があった。

「(しかし、石原プロに入ってあげないといけないかもな…..うーむ)」

傲慢とはこのことを云うのだ。

「(裕次郎さんは、具合が悪かったみたいだものなあ)」

1981年、石原裕次郎は、解離性大動脈瘤で手術を受けている。

「(石原プロには次のスターが必要であろう)」

この時、エヴァンジェリスト氏には、『石原プロ救済』という、傲岸不遜な使命感が芽生えたのだ。


(続く)