「もうすぐね。楽しみね」
マダム・トンミーは、頭を夫の肩に乗せたまま云った。
「うん、そうだね」
と答えながらも、ビエール・トンミー氏の眼は、隣の車両に向いていた。
「(『有紀』さん…….)」
『有紀』さんは、そう、『内田有紀』に酷似したご婦人は、同じ『大師線』の電車に乗ったはずであった。
『大師線』は4両編成だ。ビエール・トンミー氏が乗った車両は、後ろから2両目であったので、『内田有紀』は、その前の車両か、さらにその前の先頭車両のどちらかに乗ったはずだ。
「(どこに行くのだろう?いや、帰宅するところかもしれない…..いや、時間帯からすると、やはりどこかに行くのだろう)」
自分一人であったら、隣の車両に移るところだ。
「あら、川だわ。多摩川かしら?」
「ああ、多摩川だ」
京急川崎を出て少しすると、多摩川が見えてきた。そして、橋も見えてきた。
「あれはね、六郷橋だ」
「ロクゴ-バシ?」
「ああ。箱根駅伝で通る橋だよ」
「へええ、そうだったの」
「六郷橋までは集団走で、そこからスプリントになるんだ」
と妻に解説しながらも、視線は隣の車両に行っていた。
「アータってなんでも知ってるう!」
妻はまず、自分の美貌に惚れたようだが、その後に自分の知性にも惚れたのだ。
「アータといると、Googleなんていらないわ」
その時、車両が揺れた。
(続く)
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