「Cook Do®️」工場では、映像での説明を受けた後に、「Cook Do®️」の素(調味料というのか?)を機械が袋詰めし、加熱、冷却、箱入れ等が行われる製造ラインをガラス越しに見たことは確かであった。
見たことは確かであったが、ビエール・トンミー氏は、その記憶があることを記憶していただけであった。つまり、その記憶は遥か遠くなのである。
ビエール・トンミー氏の肉体は、「Cook Do®️」の製造過程を見学したことは間違いない。しかし、ビエール・トンミー氏の意識は、別のところにあったのだ。
工場内を案内されている間も、常にアノ視線を感じていたのだ。自分を非難するアノ視線だ。『ユキ』と呼ばれた少女や『松坂慶子』の(『松坂慶子』に酷似いた女性の)視線だ。
「(違う!.....違うんだ!)」
ビエール・トンミー氏は、心の中で否定した。
「(ボクは、妻を愛している)」
自分の手を握ってきている妻の手を握り返した。
「ん、もう…..」
妻が、耳元で小さく呟いた。
だが、ビエール・トンミー氏の眼は、
「(『有紀』さん…..)」
……を追っていた。
ビエール・トンミー氏の心と、手と、眼とはバラバラになっていたのだ。
そして、いつの間にか、ビエール・トンミー氏は再び、妻と共に、『アジパンダバス』の席についていた。
「源氏の男は、妻以外の女性に心を寄せることはありませぬぞ!」
背中に受ける『松坂慶子』の(『松坂慶子』に酷似いた女性の)視線は、そう云っていた。
「(ゲンジ?)」
「そう、アタシの祖先は、義経よ!」
「(ええ!?...そ、そ、そんな…..)」
「んまあ!嘘だ仰るの!」
「(!!!……..いや…….いや、な、な、なんだ、これは!)」
ビエール・トンミー氏は頭を振った。
「(んん?これは変だ。まるでNHKの朝ドラ『まんぷく』の会話ではないか)」
「どうしたの、アータ?」
「ん?...いや、ちょっと眠気がね」
「アータ、毎晩、遅くまで勉強してるからよ」
妻は、夫が博識だから、仕事の現役を引退した後も毎夜、明け方までMac上のWindowsに向かっているのは、勉強を続けているのだと信じ込んでいる。
「(『まんぷく』でも『松坂慶子』にはうんざりしているのだ。なのに、現実界にまで…….)」
その時、『アジパンダバス』は優しくブレーキをかけた。
(続く)
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