(住込み浪人[その123]の続き)
「(エノキ?)」
それまで観客席の闇に身を潜めていたエヴァンジェリスト青年が、声のする方に視線を向けた。EBSテレビのクイズ番組『テイトー王』を収録中のスタジオCである。
「エノキみたいに、わざと負けんのかい、スミローちゃーん?!」
OK牧場大学の学生食堂のカレー担当のオバチャン『サキ』が、芸能人チームの席に座る『住込み浪人』ビエール・トンミー青年に向け、言葉を続けた。
「UWGPの決勝で、エノキが、ホーガンナゲに負けてみせたようなことをすんのかい?」
「(そういうことか…..)」
オバチャンの云っていることを理解できた者が、スタジオ内で他にいたかどうかは分からないが、エヴァンジェリスト青年は、判った。
オバチャンは、誰もが知るプロレスラーのアントミオ・エノキが、自身で企画したプロレス・イベントUWGPの第1回大会の決勝で、アキク・ホーガンナゲに負けた時のことを云っているのだと。
「(そうだ。あの時、エノキは多分、わざと負けたのだ。誰もが、エノキが勝つと思っていた。ボクもそうだった。しかし、エノキは負けた)」
アントミオ・エノキが、リング下で舌を出し、失神し、救急車で病院に運ばれたことを一般紙が社会面で取り上げたことを思い出した。
「(リング上で、アキク・ホーガンナゲは狼狽えていた。自分に仕事を与えてくれ、UWGPの決勝に出るまでに育ててくれた地元国の大スターであるアントミオ・エノキに勝てる訳もなく、勝ってはいけないことは、暗黙の了解であったのだ。しかし、そのエノキに勝ってしまったのだ…..)」
オバチャンは、今の状況を、あの時のアントミオ・エノキに例えているのだ。
(続く)
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