(うつり病に導かれ[その33]の続き)
「もう!母さんったらあ!」
母親の松坂慶美よりも、娘である外田有紀の方が、両手を頬に当て、眼を閉じた。母親が、胸に当てるものが真っ黒であることについて、『もう主人を亡くしてますのやけど』と淫らと受け取られかねない言葉を発したのだ。
「(んぐっ!んぐっ!)」
しかし、真っ赤なものの下から出てきたものは、これも歳に似合わずプリンと上向き、色も淡いピンクに近い色のものであった。
「いや~ん、せんせ、冷たいわあ」
ドクトル・ヘイゾーは、聴診器から身を離す。
「母さん、それじゃ、診察にならないでしょ」
「いえ、もう結構です」
確かに、もう結構だった。これ以上、見ていると自分を失いそうなのだ。
「(松坂慶子はオレの趣味ではなかったんだけど……)」
妻のユキヨを思い出した。ユキヨも胸が豊かである。もうしばらく見ていないが(歳をとるとそんなものだ)、ユキヨが胸に当てるものは、ベージュか白で、赤はなかったと思う。しかし、その下にあるものは、色も形もユキヨと松坂慶美は似ていた。
「(しかし……その肌を最初に見たのは、オレではない)」
ドクトル・ヘイゾーが、妻のユキヨと結婚したのは、共に、30歳台半ばを過ぎた頃であった。自分のことを棚に上げて云えるものではないが、その歳まで妻にも『男』がいなかった訳ではないことは承知していた。
「(だが、10歳以上も若い男、それも医学生だったらしい…)」
どこからかそんな情報が耳に入ってきた。そのことを思うと、今も、嫉妬にかられ、思わず、『反応』してしまう。
「(んぐっ!......うっ、危ない!)」
慌てて、電子カルテにそこまでの診察状況を打ち込む。松坂慶美が、妻の過去のことを思い出させた。
「熱はあまり高くないようですから、インフルエンザではないとは思いますが、一応、検査をしましょう」
患者の方を見ないよう(というか、自身の股間に『異常』が生じないよう)、PCに向ったまま話す。
「オクマさん、検査を」
インフルエンザ検査は、看護婦がする。
「はい」
と返事しながら、老看護婦オクマは、視線を医師の白衣の股間の部分に遣った。
「(ふん!スケベー!)」
(続く)
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