2020年3月26日木曜日

うつり病に導かれ[その56]






「だってさあ、この人さあ、ユーイチに似てるじゃないかえ」

お婆ちゃん薬剤師『りき』は、ビエール・トンミー氏の手を再び、握り、その手の甲に今度は、赤い唇をつけようとした。

「(んぐっ!)」

ビエール・トンミー氏は、さっと手を引き、両手で股間を隠した。

「ま!恥ずかしがっちゃってさあ。顔も真っ赤にしちゃってさ」
「いや…」
「じゃあさ、『アズベリン』が出てるからさ、これで咳を止め、痰を取るんだよ、ユーイチ」
「いえ、私は、ユー…」
「『クラリス』も出てるよ。抗生物質だから、変な虫がつかないよ、ユーイチ」
「いえ、だから、私は、ユー…」
最後はねえ、『カロナール』、だよ。熱と頭痛、カローナールさあ」

と、どこかで聞いたことのあるダジャレを飛ばして、ウインクし、赤い唇を窄め、突き出してきた。

「(んぐっ!アニータ!?)」

ビエール・トンミー氏は、頭の中を、『メディシン・アニータ薬局』のアニータの顔と『タノ9薬局』のお婆ちゃん薬剤師『りき』の顔とが、文字通りグルグル回り、椅子から転げ落ちそうとなった。





その時……

「んん、もう、『りき』お婆ちゃんったらあ」

爽やかな声が、ビエール・トンミー氏の頭の中に降ってきた。


(続く)




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