(うつり病に導かれ[その43]の続き)
「おや、どうなさいました?」
椅子に座った白衣の女が、診察室に入ってきた老人に声をかけた。
「(へ?)」
女医であった。第2診察室のドアが開いて自分を呼んだ白衣の中年男が医師だと思い込んでいたのだ。
「さあ、お掛け下さい。」
と、老人に声をかけた白衣の中年男は、立ったままでいた。
「(看護師か….男の看護師か)」
看護師は、老人を睨みつけるようにしていた。
「(あれ?)」
どこかで見たことのあるような顔であった。老人は、芸能界に疎い為、思い出せなかったが、その看護師は内藤剛志に酷似していた。
「さあ、さあ、お掛け下さい。」
女医が、老人に促した。老人ではあるが、まだ腰が曲がる程の歳ではない患者が、かなりの前傾姿勢で、顔も真っ赤にしていた。
「トンミーさんですね。苦しいですか?」
椅子に座ったビエール・トンミー氏は、股間に両手を当て、まだ身体を前傾させていた。
「いえ、大丈夫で…あ!」
顔を上げたビエール・トンミー氏は、思わず叫んでしまった。
「(沢口靖子!)」
女医は、沢口靖子であった……いや、沢口靖子本人と云っていい程、沢口靖子に酷似していたのだ。白衣の左腕に『Mariko』と赤い刺繍が入っていた。
「あら、相当お苦しいのね?」
と沢口靖子に酷似した女医が、ビエール・トンミー氏の喉元に手を当てた。
「(んぐっ!)」
ビエール・トンミー氏は、慌てて股間に両手を持っていった。
「(んぐっ!)」
老人の顔をよく確認した女医も『反応』した。
「(吉沢亮!)」
お気に入りの美男の若手俳優の老いた顔を見たように思ったのだ。
「(は?)」
内藤剛志に酷似した看護師が、女医の方に顔を向けたが、女医は、医師としての自覚を取り戻し、患者に訊いた。
「あら、腹痛もありますか?」
「あ…いえ、な、ないです。熱があります。咳も鼻水も…」
「熱は、38度7分ですね」
受付で熱を測るように云われていたのだ。ビエール・トンミー氏は、前日、ギャランドゥ・クリニックに行った事情を説明した。
「では、インフルエンザの検査をしましょう。ドモンさん」
ドクトル・マリコは、看護師ドモンに検査を指示し、自分は、PCに向かい、電子カルテに入力し始めた。
「では、トンミーさん、顔を少し上に向けて下さい」
と、看護師ドモンは、減菌綿棒を患者の鼻腔に差し込んだ。
「(ふん、何だ!?この爺さんもスケベーだな)」
爺さんは、顔を上げると共に、両手が離れ、股間にまだ残る『異変』を目にすることになったのだ。
「(男性患者って、皆、ドクトル・マリコ目当てなんだ)」
減菌綿棒で鼻甲介を擦る。
「うっ!」
ビエール・トンミー氏は、顔を歪めた。
「(だが、この爺さん、よく見ると、ハンサムだな。さっき、ドクトルは….)」
ビエール・トンミー氏がかつて、『自由ヶ丘のアラン・ドロン』、『原宿のアラン・ドロン』と呼ばれていたことは知るはずもなかった。
「(チクショー!ドクトルは俺のものだ!)」
と怒りから、最後に綿棒を余計に人擦りして、綿棒を検査キットの検体希釈液に入れ、そして抽出した検体を、濾過フィルターに入れ、テストデバイスに滴下する。
(続く)
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