2017年6月5日月曜日

【野獣会、再び?】六本木に『ケダモノ』、現る!(その1)



今、まことしやかな噂が広まろうとしている。

『野獣会』復活である。

かつて六本木にあったとされる『野獣会』が、およそ60年の時を経て、復活されようとしているというのだ。

昭和30年代、田辺靖雄を中心として、ムッシュかまやつ、井上順、中尾彬、峰岸徹、小川知子、大原麗子らをメンバーとした遊び人のグループだ。

その『野獣会』が、復活というか、新たなメンバーで再結成されるという情報が入ってきた。

メンバーが誰であるのか、どんな『遊び』をしようとしているのか、詳細は不明である。

しかし、この『野獣会』復活には、あの男が絡んでいるのではないか、と思われるのだ。

そうだ、答えよ、ビエール・トンミー氏よ。

君なのか、『野獣会』復活を目論んでいるのは?





君は、かつて『原宿の凶器』と云われたモノの持ち主だからな。



(続く)







2017年6月4日日曜日

美人講師のアトリビュート(その4=最終回)




5月1日にも、爺さんはやって来た。全学休講なのに。

キャンパスに誰もいないのに、オープンカレッジ本館まで行き、稼働停止のエレベーターに乗り、8階ボタンを押したが、ボタンは何も反応せず、エレベーターは頑と動こうとしなかった。

そこでようやく爺さんは、エレベーターが稼働停止となっていることに気付いた。しかし、まだ肝心なことには気付いていなかった。

階段を10段登ったところで、ようやく事態に気付いた爺さんは、その様子を柱に隠れ見ていた私の横を通り過ぎ、本館の出口に向った。

思わず、爺さんに声をかけようとした。

「トンミーさん、いいんですよ。今日は休講だけど、プライベート・レッスンを致しましょうか?研究室にいらっしゃいませんこと….だーれもいないので、ゆっくり補講ができますことよ」

ああああ、ダメだダメだ。何を考えているのだ!あんな爺さんにどうしてそんなことをするのだ。

私は自分の中の疼きを必死で抑えた。

私は、あんな臭い爺さんに囚われてなんかいないぞ!

そうだ、決して囚われてないない…..しかし、爺さんは私の…….

私のその思いも知らず、爺さんは、キャンパスを出口に向って行った。




======================


翌週は(全学休講だった日の一週間後のことだ)、当然ながら、爺さんはやって来た。

爺さんは、いつも通り、オープンカレッジの教室の真ん中最前列に座っていた。

爺さんの臭いをもろに浴びた。

「臭い!堪らなく臭い!」

その心の叫びの意味は、誰にも分らない。

『堪らなく』というのはどういう意味なのだろう。臭くて嫌で『堪らない』のか、或いは、『堪らなく』気持ちが…….

ああ、またなんてことを考えているのだ。

受講者のおじいさん、おばあさんたちがこちらを見ているではないか。ほんの少し時間だが、爺さんの臭いを味合う為、目を瞑っていた私を、具合でも悪いのでは、と心配しただろう。

駄目だ、私はプロだ。こんなことでは駄目だ。講義をしよう。いつも通り、高尚な講義をしよう。

ボッティチェリは、聖母マリアを描く際に、彼女の純潔を示す物として百合を配置した、等と講義を始めた。

その百合は、「アトリビュート」なのである。「アトリビュート」とは、その持ち主を特定する役割を果たす物なのだ、と解説した。

「アトリビュート」は、通常、「属性」と訳されるが、美術の世界では、「持物」だ。これは、「もちもの」ではなく「じぶつ」と呼ぶ。

その時だ。私が、「じぶつ」という言葉を発した時、爺さんが異様な反応を示した。

左手でノートを抑え、右手はシャープ・ペンシルで講義内容を書いていた爺さんが、両方の手を机の下におろしたのだ。そして、肩をすぼめるようにした。老人の浅黒い顔が赤く染まった。




「?」

何を興奮しているのだ、爺さんは。

講義の間中、私を凝視めて興奮していることは分っていたが、両手を下げたのは興奮が増したからだ。

まさか、爺さんは、私のことを自分の「持物」だなんて思ったのではなかろうな。だとしたら、思い上がりも甚だしい。

しかし、そう思った瞬間、私は気付いた。

そうだ、「アトリビュート」なのか…….

だけど、そんなの嫌だ!ビーナスの「アトリビュート」は、白鳥だ。決して、醜いヒキガエルではないのだ。

爺さんは興奮し、老人臭と汗とが入り混じった独特の臭いは、その臭さをまして、私に浴びせかかって来た。

「お前は、この臭いを敢えて、いつも持ち帰っているではないか。この臭いを記憶に留め、帰宅すると、倒れ込むようにソファに座り、それから.......」

心の中の声はそう云ったが、違う、違う!

「はっ!」

教室がざわついている。

私は目を瞑って、沈黙していたようだ。何秒間であったのだろう?いや、何分も目を閉じ、黙っていたのであろうか?

バッカスの「アトリビュート」は、葡萄や薔薇で、ゼウスの「アトリビュート」は、鷹や雷だ、と必死に言葉を発した。

「アトリビュート」の例を思い出せずにいて、目を瞑り、黙っていた、と受講者たちは思ってくれたであろうか。

額に出て来た汗をぬぐった。

汗をぬぐった手をおろす時、手が花の前を通った。

強烈な爺さんの臭いが、鼻を襲った。汗に爺さんの臭いが染み付いていたのだ。

ふらついた…….

「自分は誤魔化せないぞ!」

心の中の声が頭の中に響いた。

「そうだ、お前は分っているのだ。あの爺さんは、お前の『アトリビュート』なのだ、と」

違う、違う!

「お前のいるところに、あの爺さんはいるのだ。あの爺さんがいるということは、そこにお前もいることを示しているのだ」

断じて違う!

「お前が、爺さんの『アトリビュート』なのではなく、爺さんがお前の『アトリビュート』なのだ!」

そんなはずがない!違うんだあ!

「爺さんは、お前の『じぶつ』なのだ。お前は、オープンカレッジの後に限らず、爺さんを、爺さんの臭いを家に持ち帰るのだ。爺さんは、お前の『アトリビュート』だ。お前は、爺さんを自分から離すことはもうできないのだ」

違う、違うってばあああ!

………その日、オープンカレッジの講義をどう終えたのか、私には記憶がない。


==============================


無意識の内に、脚を掻く。

またまたまた、蚊に刺されたらしい。

正しくは、寝ていて意識がないので、蚊に噛まれたかどうかは分らず、ただボリボリと脚を何箇所も掻いていた。

その内にようやく、ビエール・トンミー氏は、

「ちっ、蚊かあ。くそっ、痒い」

と意識が戻ってくる。

「折角、夢を見ていたのに」

『折角』という表現が妥当とは限らない夢であったが、その表現をつい使ってしまう夢ではあった。

今度は、内容を思い出せた。

快感のある夢であった。

「ちくしょう、痒い!」

しかし、刺された箇所の痒みは直ぐには止まらなかったが、思い出した夢の快感の余韻がやがて痒みを忘れさせた。

そうだ。オープンカレッジで『アトリビュート』を学んだのだ。

美人講師が、『アトリビュート』は「持物」で「じぶつ」と読む、と解説した。

その時、俺は『反応』し、股間を押さえた。

「自分」の『ブツ』?」

ここで一気に変態老人の俺は、目が覚醒し、興奮した。おお、『珍宝』のことだ!、と。

美人講師はまた、『アトリビュート』は『シンボル』ともいう、と解説した。

『シンボル』、ああ、男の『シンボル』!やっぱり珍宝のことだ!

俺は、その興奮を持ち帰り、夢を見たのだ。

夢はやはり夢だ。夢の中では、俺が美人講師の『アトリビュート』になっていた。

なんという快感!快感の極致であった。

「はっ!」

俺は心配になって、パンツの中を見た。

その時、

「アータ、起きてえ。そろそろお昼にするわよ」

妻の声がした。

「何時だ?......もう12時か」

妻の声に目覚めたビエール・トンミー氏は、余りの快感と、快感から来る心配とで、まだベッドから立ち上がることができないままでいた。

「アータ、アータの好きな長くて太いウインナーもあるわよ」

妻は可愛い。妻は恥じらいから、そう云ったのだ。

長くて太いウインナーが好きなのは、ビエール・トンミー氏ではなく妻の方なのだ。

長くて太いウインナーは、妻の『アトリビュート』なのである。

パンツの中を見て安堵したビエール・トンミー氏は、ようやくベッドから立ち上がり、ダイニング・ルームに向かった。

「俺も歳だから、幾ら快感の夢を見たからといってもな。ふふ」


(おしまい)







美人講師のアトリビュート(その3)




カルチャーセンターの講座にも爺さんは現れた。

白いマスクに妙な形の帽子、レーバン風のサングラスを着用していたが、私には、それが爺さんだと直ぐに判った。

老人臭と汗とが入り混じった独特の臭いは誤魔化せないのだ。

「お前は、あの臭いを敢えて、いつも持ち帰っているではないか。あの臭いを記憶に留め、帰宅すると、倒れ込むようにソファに座り、それから.......」

心の中の声はそう云ったが、違う、違う!

と思っている内に、授業開始となったが、その時、ミニスカートに、センター分けのロングヘアの女の子が入って来たのであった。アグネスだ。

サングラスに隠れた爺さんの眼が、ミニスカートからムッチリと出たアグネスの太ももに釘付けになった。

パワーポイント画像を映す為、消灯した教室の中で爺さんは、荒い鼻息を立てた。

爺さんの席から、斜め前に座るアグネスの太ももは見えるはずだ。消灯はしているが、足元灯がいくつか付いており、見えなくはないはずだ、あの太ももが。

浮気者め、いい歳をして!

虫酸の走るあの爺さんの舐める眼が今、凝視めているのは、一体、どちらなのだ!?




=============


5月1日にも、爺さんはやって来た。

エロ爺め!

なかったことにするつもりかもしれないが、私は見たのだ。爺さんが、誰もいない大学のキャンパスで途方に暮れていた姿を。

爺さんは、多分、最寄駅から、殆ど誰も乗っていないバスに乗って来たであろう。

そして、普段は、男女の学生でごった返している講堂前に誰もいないことに首を傾げながら、カレッジの本館ビルまで歩を進めたのだ。

誰もいないなあ、と思っていたであろうし、その通り、殆ど誰もキャンパスにはいなかった。爺さんを見かけ、木陰からその姿を追っていた私以外には誰もいなかった。

爺さんは、カレッジの本館ビルのエレベーターに乗り、8階ボタンを押したが、ボタンは何も反応せず、エレベーターは頑と動こうとしなかった。

そこでようやく爺さんは、エレベーターが稼働停止となっていることに気付いた。しかし、まだ肝心なことには気付いていなかった。



仕方なく爺さんは、階段に向い、「ふーん」とため息を吐き、登りかけた。10段くらい登ったところで、爺さんは歩を止め、振り向いた。

振り向いたところで、誰もいない。いや、柱の陰から私は爺さんの姿を盗み見ていたが、爺さんは気付かない。

だが、爺さんは気付いたようだ。誰もいない理由に気付いたようだ

「あっ!」

爺さんは、小さく声を上げたのだ。

爺さんは、その日が5月1日で、大学は全学休講であることに気付いたのだ。

肩を落とし、爺さんは階段を降りた。そして、私が潜む柱の横を肩を落として通り過ぎた。

爺さんのあの独特の臭いがした。私は大きく息を吸った。いや、爺さんの臭いを吸った。

思わず、爺さんに声をかけようとした。

「トンミーさん、いいんですよ。今日は休講だけど、プライベート・レッスンを致しましょうか?研究室にいらっしゃいませんこと….だーれもいないので、ゆっくり補講ができますことよ」

ああああ、ダメだダメだ。何を考えているのだ!あんな爺さんにどうしてそんなことをするのだ。

私は自分の中の疼きを必死で抑えた。

今日は、ボッチチェリに関する翻訳の続きを書く為に大学に来たのだ。そうだ、決して爺さんに会うためではない。爺さんにプライベート・レッスンをするためなんかではない。

だって、今日は全学休講日なんだから、爺さんが来るはずはないではないか。

違う、違う。無意識の内に、休講なのを忘れた爺さんが大学に来るのではないか、と期待なんてする訳がない。そんな確率の低いことに賭けるなんてことをするはずがない。

それでも大学に来るとしたら、私は余程、爺さんに….

な、な、何を考えているのだ。相手は、爺さんだぞ。昔はイケメンであった名残はあるものの、今は、ただの臭い爺さんだ。

私は、あんな臭い爺さんに囚われてなんかいないぞ!

そうだ、決して囚われてないない…..しかし、爺さんは私の…….

私のその思いも知らず、爺さんは、キャンパスを出口に向って行った。

休講とも知らず、大学まで来たこと、そして、キャンパスに誰もいないのに、稼働停止のエレベーターに乗るという間抜けをしてしまったことの恥を悟られぬようにか、背を窄めて歩いて行った。



==============================


無意識の内に、脚を掻く。

またまた、蚊に刺されたらしい。

正しくは、寝ていて意識がないので、蚊に噛まれたかどうかは分らず、ただボリボリと脚を何箇所も掻いていた。

その内にようやく、ビエール・トンミー氏は、

「ちっ、蚊かあ。くそっ、痒い」

と意識が戻ってくる。

「折角、夢を見ていたのに」

『折角』という表現が妥当とは限らない夢であったが、その表現をつい使ってしまう夢ではあった。

内容は思い出せないのだが、快感のある夢であったような気がするが、快感と共に、どこか恥の感覚も残る夢であった。

「ちくしょう、痒い!」

忘れたいのに忘れられぬ恥のように、刺された箇所の痒みは止まらなかった。何が恥ずかしいのだ。恥ずかしさがあるとしたら誰もいない…..

「何時だ?......まだ、午前10時半か」

先程、再度、眼を覚ましてからまだ1時間だ。

午前10時半では、まだ眠りが足らない。

老人は三度、眠りに落ちていた。


(続く)
















爺さんは、カルチャーセンターにもやって来た。

どこまで私につきまとうのだ。

白いマスクに妙な形の帽子、レーバン風のサングラスを着用しているが、私には、それが爺さんだと直ぐに判った。

正体を隠す格好をし、教室の一番後ろに座っていたが、その方が却って目立つのだ。

顔は判別出来ないのに、どうしてそれが爺さんだと判ったのかというと、臭いだ。

老人臭と汗とが入り混じった独特の臭いだ。

普段は、オープンカレッジの教室で私の目の前に座っており、その臭いをもろに浴びる。

カルチャースクールでは、最後列に座っているが、それでも臭うのだ。あの臭いは強烈なのだ。

強烈だから離れていても、臭いで爺さんだと判る、と思いたいし、実際、そのはずである。

だが、心の中の声がこう言っていることを、私は認めざるを得ない。

「お前は、あの臭いを敢えて、いつも持ち帰っているではないか。あの臭いを記憶に留め、帰宅すると、倒れ込むようにソファに座り、それから.......」

違う、違う!

臭いが記憶されるなんてことがあるものか。

ましてや、あの独特の、悪臭とも呼ぶべき臭いを敢えて自宅に持ち帰るなんてことはない。

あの臭いを自宅に持ち帰り、ソファに倒れ込み、そして、等ということは断じてない!

帰宅すると、特にオープンカレッジの日は、疲れからソファに倒れ込みはする。しかし、そこで、記憶から臭いを呼び起こし、なんてことはない。

疲れているので、ソファに倒れ込んだ後は、しばらく意識を無くしてはいる。

スカートをたくし上げ、股を広げ、解放感に浸りながら、意識を失っている姿を他人が見たら、誤解をするかもしれないが、それはその通り誤解だ。

キンコンカンコーン!

チャイムが鳴った。頭を振り、意識を覚醒させ、カルチャースクールの受講生たちに顔を向けた。

さあ、講義を始めようとした時、教室の後ろの扉が開き、ミニスカートに、センター分けのロングヘアの女の子が入って来た。

既に席に座っていた他の女の子が、声を掛けた。

「こっちよ、アグネス!」

アグネスと呼ばれた女の子は、手を振りながら、小走りに、掛けられた声の方に向った。

チャイムと同時に入って来たので、遅刻とは云えないが、講義を始めようとした矢先であった。講師としては、やりにくい。迷惑だ。

爺さんは、と云うと、こちらに向けていた眼が、アグネスの方に移っていた。

サングラスに隠れた爺さんの眼が、ミニスカートからムッチリと出たアグネスの太ももに釘付けになっているのが、私には分った。

この変態めが!

お前は、若い娘がいいのか!?お前の目当ては、こちらだろう。

「エフン」

咳払いだ。しまった。ついつい、アグネスと呼ばれる娘と爺さんに気を取られていた。講義始めないといけなかったのだ。

教室を消灯し、スクリーンにパワーポイントの画面を映し出した。ロートレックのデッサン等を見せ、解説をした。

幾度も講義した内容なので、頭を働かせずとも口が勝手に解説をする。

なので、頭の方は別のことが気になって仕方なかった。

暗闇に鼻息が凄いのだ。爺さんだ。

爺さんの鼻息が荒かった。興奮しているのだ。何に興奮しているのだ?

ロートレックにか?そんなはずがない。

では、私にか?そうであろう、多分、そうであろう。

爺さんは、私を目当てに、オープンカレッジにも、このカルチャーセンターの講座にも顔を出していることは間違いない。

気持ち悪いが絶対にそうだ、絶対に。

だが、荒磯の鼻息が向いているには、こちらではないような気もする。

爺さんの席から、斜め前に座るアグネスの太ももは見えるはずだ。消灯はしているが、足元灯がいくつか付いており、見えなくはないはずだ、あの太ももが。

浮気者め、いい歳をして!

虫酸の走るあの爺さんの舐める眼が今、凝視めているのは、一体、どちらなのだ!?


=============


無意識の内に、脚を掻く。

また、蚊に刺されたらしい。

正しくは、寝ていて意識がないので、蚊に噛まれたかどうかは分らず、ただボリボリと脚を何箇所も掻いていた。

その内にようやく、ビエール・トンミー氏は、

「ちっ、蚊かあ。くそっ、痒い」

と意識が戻ってくる。

「折角、夢を見ていたのに」

『折角』という表現が妥当とは限らない夢であったが、その表現をつい使ってしまう夢ではあった。

内容は思い出せないのだが、快感のある夢であったような気がするが、快感と共に、どこか疚しさの感覚も残る夢であった。

「ちくしょう、痒い!」

忘れたいのに忘れられぬ疚しさのように、刺された箇所の痒みは止まらなかった。何が疚しいのだ。疚しさがあるとしたら棄てたあの女…..

「何時だ?......まだ、午前9時半か」

先程眼を覚ましてからまだ1時間だ。

午前9時半では、まだ眠りが足らない。

老人は再び、眠りに落ちていた。


(続く)




2017年6月3日土曜日

美人講師のアトリビュート(その2)




今日のオープンカレッジの講義でも、虫酸の走るあの爺さんが教室の最前列に座り、舐める眼でこちらを凝視めている。

ああ、虫酸が走る。

奔放なトシ美が云っていた。

「虫酸っていうのも、快感になることがあるのよ。『ああ、イヤだ、イヤだ、こんな人』って思っていたのが、いつの間にか、身体中を虫が這いずり廻る感覚が堪らなくなったりするものよ」




=============



爺さんは、カルチャーセンターにもやって来た。

どこまで私につきまとうのだ。

白いマスクに妙な形の帽子、レーバン風のサングラスを着用しているが、私には、それが爺さんだと直ぐに判った。

正体を隠す格好をし、教室の一番後ろに座っていたが、その方が却って目立つのだ。

顔は判別出来ないのに、どうしてそれが爺さんだと判ったのかというと、臭いだ。

老人臭と汗とが入り混じった独特の臭いだ。

普段は、オープンカレッジの教室で私の目の前に座っており、その臭いをもろに浴びる。

カルチャースクールでは、最後列に座っているが、それでも臭うのだ。あの臭いは強烈なのだ。

強烈だから離れていても、臭いで爺さんだと判る、と思いたいし、実際、そのはずである。

だが、心の中の声がこう言っていることを、私は認めざるを得ない。

「お前は、あの臭いを敢えて、いつも持ち帰っているではないか。あの臭いを記憶に留め、帰宅すると、倒れ込むようにソファに座り、それから.......」

違う、違う!

臭いが記憶されるなんてことがあるものか。

ましてや、あの独特の、悪臭とも呼ぶべき臭いを敢えて自宅に持ち帰るなんてことはない。

あの臭いを自宅に持ち帰り、ソファに倒れ込み、そして、等ということは断じてない!

帰宅すると、特にオープンカレッジの日は、疲れからソファに倒れ込みはする。しかし、そこで、記憶から臭いを呼び起こし、なんてことはない。

疲れているので、ソファに倒れ込んだ後は、しばらく意識を無くしてはいる。

スカートをたくし上げ、股を広げ、解放感に浸りながら、意識を失っている姿を他人が見たら、誤解をするかもしれないが、それはその通り誤解だ。

キンコンカンコーン!

チャイムが鳴った。頭を振り、意識を覚醒させ、カルチャースクールの受講生たちに顔を向けた。

さあ、講義を始めようとした時、教室の後ろの扉が開き、ミニスカートに、センター分けのロングヘアの女の子が入って来た。

既に席に座っていた他の女の子が、声を掛けた。

「こっちよ、アグネス!」

アグネスと呼ばれた女の子は、手を振りながら、小走りに、掛けられた声の方に向った。

チャイムと同時に入って来たので、遅刻とは云えないが、講義を始めようとした矢先であった。講師としては、やりにくい。迷惑だ。

爺さんは、と云うと、こちらに向けていた眼が、アグネスの方に移っていた。

サングラスに隠れた爺さんの眼が、ミニスカートからムッチリと出たアグネスの太ももに釘付けになっているのが、私には分った。

この変態めが!

お前は、若い娘がいいのか!?お前の目当ては、こちらだろう。

「エフン」

咳払いだ。しまった。ついつい、アグネスと呼ばれる娘と爺さんに気を取られていた。講義始めないといけなかったのだ。

教室を消灯し、スクリーンにパワーポイントの画面を映し出した。ロートレックのデッサン等を見せ、解説をした。

幾度も講義した内容なので、頭を働かせずとも口が勝手に解説をする。

なので、頭の方は別のことが気になって仕方なかった。

暗闇に鼻息が凄いのだ。爺さんだ。

爺さんの鼻息が荒かった。興奮しているのだ。何に興奮しているのだ?

ロートレックにか?そんなはずがない。

では、私にか?そうであろう、多分、そうであろう。

爺さんは、私を目当てに、オープンカレッジにも、このカルチャーセンターの講座にも顔を出していることは間違いない。

気持ち悪いが絶対にそうだ、絶対に。

だが、荒いその鼻息が向いているのは、こちらではないような気もする。

爺さんの席から、斜め前に座るアグネスの太ももは見えるはずだ。消灯はしているが、足元灯がいくつか付いており、見えなくはないはずだ、あの太ももが。

浮気者め、いい歳をして!




虫酸の走るあの爺さんの舐める眼が今、凝視めているのは、一体、どちらなのだ!?


=============


無意識の内に、脚を掻く。

また、蚊に刺されたらしい。

正しくは、寝ていて意識がないので、蚊に噛まれたかどうかは分らず、ただボリボリと脚を何箇所も掻いていた。

その内にようやく、ビエール・トンミー氏は、

「ちっ、蚊かあ。くそっ、痒い」

と意識が戻ってくる。

「折角、夢を見ていたのに」

『折角』という表現が妥当とは限らない夢であったが、その表現をつい使ってしまう夢ではあった。

内容は思い出せないのだが、快感のある夢であったような気がするが、快感と共に、どこか疚しさの感覚も残る夢であった。

「ちくしょう、痒い!」

忘れたいのに忘れられぬ疚しさのように、刺された箇所の痒みは止まらなかった。何が疚しいのだ。疚しさがあるとしたら棄てたあの女…..

「何時だ?......まだ、午前9時半か」

先程眼を覚ましてからまだ1時間だ。

午前9時半では、まだ眠りが足らない。

老人は再び、眠りに落ちていた。


(続く)















2017年6月1日木曜日

美人講師のアトリビュート(その1)




爺さんは、今週もやって来た。

この講座に申し込んでいるのだから、来て不思議ではないのだが、行動、挙動が怪しいのだ。

爺さんが、私の講座に出るようになって、もう何年経つであろうか。

爺さんに関心がある訳ではないので、はっきりとは覚えていないが、多分、もう3年は経ったであろう。

オープンカレッジの講座は、半期(半年)単位だ。

爺さんは、この3年間、毎半期欠かさず、受講しているのだ。

どうして、そこまで熱心なのだ。

半期毎に講座内容が変わるので、2年くらいは総て受講しても、それはおかしくはない。

しかし、講座内容はもう一巡して、今、爺さんが受講している講座は既に、爺さんも聞いたことのある内容なのだ

西洋美術史に、爺さんはそんなに関心があるのか?

爺さんと云っても、60歳を少し過ぎたくらいで、風貌からは老紳士と云ってもいいくらいではある。

しかし、眼は誤魔化せない。

あの眼は、紳士の眼差しではない。紳士というよりも、変態という方が相応しい。

私のことを、『そういう』対象として見ていることは間違いない。

だから、爺さんは、老紳士ではなく、『爺さん』なのだ。『エロ爺』といった方が正確かもしれない。

時に生やすあのあご髭が怪しい。

あの白い髭を武器に使うつもりではないのか。

ああ、あの髭で攻められたら、と思うと......



はっ、私は何を思っているのだ。爺さんと、なんて考えただけで、虫酸が走る。

しかし、友人のトシ美が云っていた。

「虫酸って、実は快感になるのね」

トシ美は奔放だ。

彼女の『交際』範囲は、老若男女、ボーダーもエンドもない。

何人かの『交際』相手には、会ったことがある。彼女と腕を組み、街を歩く少しイケメンな『交際』相手を見かけたこともあるが、中には、「こんな人と?」という相手もいた。

私だったら、そんな相手、虫酸が走って『無理』と思っていたら、他人の心を読む能力でもあるのか、トシ美が云った。

「虫酸っていうのも、快感になることがあるのよ。『ああ、イヤだ、イヤだ、こんな人』って思っていたのが、いつの間にか、身体中を虫が這いずり廻る感覚が堪らなくなったりするものよ」

虫酸って、身体中を虫が這いずり廻る感覚のことだったかなあ、という疑問も湧かなくはなかったが、『堪らなくなったりする』とトシ美が表現する感覚に囚われた。

今日の講義でも、虫酸の走るあの爺さんが教室の最前列に座り、舐める眼でこちらを凝視めている。

ああ、虫酸が走る。


=============


無意識の内に、脚を掻く。

眠っている間に、蚊に噛まれたらしい。

正しくは、寝ていて意識がないので、蚊に噛まれたかどうかは分らず、ただボリボリと脚を何箇所も掻いていた。

その内にようやく、ビエール・トンミー氏は、

「ちっ、蚊かあ。くそっ、痒い」

と意識が戻ってくる。

「折角、夢を見ていたのに」

『折角』という表現が妥当とは限らない夢であったが、その表現をつい使ってしまう夢ではあった。

内容は思い出せないのだが、屈辱的な夢であったようには思う。しかし、どこか快感も伴っていたような気がするのだ。

蚊に噛まれた感覚に近いと云えるかもしれない。

「ちくしょう、痒い!」

とは思うものの、刺されて痒い箇所をボリボリ掻くことに快感を覚えもするように。

「何時だ?......まだ、午前8時半か」

退職暇老人は、夜な夜な自分の部屋で『蠢き』、朝7時になると床につく。

午前8時半では、まだ眠りが足らない。

老人は再び、眠りに落ちていた。


(続く)