「いやいや、違う、違いますう!」
声にならない叫びをあげると同時に、エヴァンジェリスト氏は、トレイの扉を閉めた。
「バシーン!」
…………1995年であった。
大分駅から宮崎に行く485系の特急『にちりん』に乗ったエヴァンジェリスト氏は、大分駅を出て5分して、席を立ち、トイレに向った。
大分駅でオシッコをしたかったが、時間がなかったこともあり、我慢していたのだ。
特急に乗って直ぐにトイレに行くことはみっともないと思い、席に座ったまま、しばらく(5分だけ)我慢したのであるが、限界に近づいて来ていた。
「急げ!」
股間が命令していた。
エヴァンジェリスト氏は、デッキに出て、トイレの前に立った。
そして、迷わず引き戸の扉を開けた。
「…っ、は….っ…….」
エヴァンジェリスト氏は、その場に立ち竦んだ。
「見てはいけないものを見てしまった!」
...............エヴァンジェリスト氏は、見たのだ。
エヴァンジェリスト氏は、特急『にちりん』のトイレの中に、お尻を出して用を足しているお婆さんを見てしまったのだ。
用は、『大』であったのか、『小』であったのかは、分らなかったが、むき出しになった人のお尻を見て、驚いたその瞬間に、お尻の主が振り向き、エヴァンジェリスト氏を見た。
目が合った。お婆さんは、驚愕と怒りとが混ざったような視線を送ってきていた。
「いやいや、違う、違いますう!」
エヴァンジェリスト氏は、無意識の内に、手を動かし、トイレの扉を閉めたのであった。
(参照:見てはいけないもの(その12 )[M-Files No.1 ]の続き)
「バシーン!」
トレイの扉が閉まったその音に我に返ったエヴァンジェリスト氏は、何が『違う』のであろうと思った。何が『違う、違いますう!』なのであろうかと思った。
エヴァンジェリスト氏の動悸は速く、自分のしでかしてしまったことに動揺していたが、閉めたトイレの扉の取っ手の上部を見た。
そこには、『空き』という文字があった。
「そうだ!ボクは、トイレが『空き』であったから、扉を開けたんだ」
お婆さんは、トイレの扉の鍵をかけていなかったのだ。
「ボクは、お婆さんのお尻を見ようとしたのではないんだ」
エヴァンジェリスト氏は、自分に対して必死に弁明した。
誰も、エヴァンジェリスト氏が、お婆さんのお尻を見ようとしたなんて思いもしなかったであろうが、エヴァンジェリスト氏は、更に誰かに対して、心の中で抗弁した。
トイレの周りにもデッキにも、自分以外の誰もいなかった。
だが、
「いや、お婆さんは、ボクを覗き魔と思ったかもしれない」
と思うと、自分が犯罪者になったような気がして来た。動悸が速くなるのを自覚した。
「どうすればいいのだ…..」
兎に角、トイレから離れることとし、自分の席に向った。歩を進めながら、必死に『否定』した。
「お婆さんのお尻を見るなんで趣味はボクにはない。実際、ボクは『反応』していないじゃあないか」
と、自らの股間を見た。ソコは硬くはなっていなかった。
だが、よく見ると、いつもよりソコはやや大きくなっているようにも見えた。
「いやいや、お婆さんのお尻に『反応』したのではないんだ。ボクは、ビエールのような変態ではないんだ。ちょっと大きいのは、膀胱が少し膨らんだからなのだ」
エヴァンジェリスト氏は、冷静さというものを失っていた。
エヴァンジェリスト氏のソコが、いつもよりやや大きくなっているかどうかなんて、エヴァンジェリスト氏自身以外、誰も分りはしないのだ。
気付いた時には、席についていたが、お婆さんが、どこからか驚愕と怒りとが混ざったような視線を向けているような気がした。
「どうすればいいのだ…..」
喉元の大動脈で動悸の速さをまだ感じていた。
(続く)
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