※ ビエール・トンミー氏のアーカイヴ『B-Files』だ。
エヴァンジェリスト氏は、町内(翠町)の小学生ソフトボール・チームでは、控えの投手兼9番ライト、つまり、『ライ9』であったが、ビエール・トンミー氏は、それ以上であった。
「新入社員時代、最初に配属された工場にも野球部があった。新入社員はその野球部に「強制入部」させられた。ユニフォームも新調した。ふふ。背番号は『10番』であった」
最高の友人であるが、最大のライバルでもあるエヴァンジェリスト氏が、自身のスポーツ劣等生ぶりを『売り』にしていることが悔しかった。
「昼休みは当然、毎日野球の『稽古』だ。近隣のチームや他の工場と試合をしていた。ポジョンは『可動のライト』。つまりメンバーが足りない時だけライトを守った。そう、『ライ10』だったのだ。エヘン」
独り自分の部屋で、妻に云うでもなく、他の誰に云うでもなく、ビエール・トンミー氏は、独り言ちた。
「福岡工場まで遠征した時、何故か『可動のライト』に打席に立つ機会があり、一球目をサード・ゴロにして目出度くアウトになった。これぞ、『ライ10』だ。エヘン!」
もう手がつけられない。誰が聞いている訳でもないのだが。
「打席はこの一回だけ。遠征費用が2万円だったから、『一振り2万円』也ということだ。エヘン!」
……..そんな自慢は、ビエール・トンミー氏自身以外の誰も知る由もなかった。
(参照:『一振り2万円』(中編)[B-Files No.2]の続き)
しかし、どこで聞きつけたのか、エヴァンジェリスト氏からビエール・トンミー氏に電話が入った。
「君もスポーツ音痴であったのだってな?」
「ど、ど、どうして、それを知っている?」
「ハハ、世界中が知っているさ。日本は勿論、フランスだって、オランダ、ベルギー、スペイン、ポルトガル、カナダ、ブラジルだってどこだって、君が『ライ10』だっていうことは、もう評判になっているのさ」
「どうしてだ?」
「『一振り2万円』だそうではないか!」
「ああ、その通りだ。エヘン!」
疑問解明はどうでもよくなり、ビエール・トンミー氏は、友に自慢を始めた。
「打撃練習で20球くらいのボールを総て空振りにしてバッター・ボックスを出た際に思ったのは、『ああ、世間体が悪い』ということであった。こんな選手が遠征に出た場合『一振り2万円』になるのも必然であったのだ。エヘン!」
「いやはや、20球くらいのボールを総て空振りとは、私に勝るスポーツ劣等生だな。思わず笑っちゃったぜ。要は、君の『珍宝』を振ってもらうのに、『一振り2万円』なんだな?」
どうやらエヴァンジェリスト氏が電話をしてきた真意が透けて見えてきたように思えたが、ビエール・トンミー氏は、俯いて答えた。
「かつては、『原宿の凶器』とも呼ばれたものであったが、最近は振らんから分からぬ」
「おお、友よ、それはいかんぞ。抜かぬ刀はさび付いてしまうぞ」
『お下劣』優等生の爺さん達だ。
(おしまい)
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