2017年9月6日水曜日

『一振り2万円』(中編)[B-Files No.2]



※ ビエール・トンミー氏のアーカイヴ『B-Files』だ。


町内(翠町)の小学生ソフトボール・チームでは、控えの投手兼9番ライト、つまり、『ライ9』であったエヴァンジェリスト氏に対抗するように、ビエール・トンミー氏は、呟いた。

「いや、ボクの方こそ…..」

エヴァンジェリスト氏は、最高の友人であると共に、最大のライバルでもあるのだ。

エヴァンジェリスト氏は、自身のスポーツ劣等生ぶりを『売り』にしているようではないか。それが悔しかった。




「ボクは、『ライ9』以上だったのだ」

独り自分の部屋で、妻に云うでもなく、他の誰に云うでもなく、ビエール・トンミー氏は、独り言ちた。

「新入社員時代、最初に配属された工場にも野球部があった。新入社員はその野球部に「強制入部」させられた。ユニフォームも新調した」

そこで、ビエール・トンミー氏は、

「ふふ」

と笑った。

「ふふ。背番号は『10番』であったのだ」

ビエール・トンミー氏の目は、遠くを凝視めていた。遠い過去に想いを馳せていた。

「昼休みは当然、毎日野球の『稽古』だ。近隣のチームや他の工場と試合をしていた。ポジョンは『可動のライト』。つまりメンバーが足りない時だけライトを守った。そう、『ライ10』だったのだ。どうだ!『ライ9』以上だろう!エヘン!」



ビエール・トンミー氏は、自慢げだ。

「ライトを守った、とは云っても、実際は全然守れなくエラーばかりしていた。なにしろ、『ボールよ飛んで来るな来るな』と必死に願っている外野手の所にボールが飛んで来た場合、捕れるワケがない。エヘン!」

スポーツ劣等生ぶりは、自分の方がウエだ、とばかりの自惚れ爺さんだ。

「福岡工場まで遠征した時、何故か『可動のライト』に打席に立つ機会があり、一球目をサード・ゴロにして目出度くアウトになった。これぞ、『ライ10』。エヘン!」

もう手がつけられない。誰が聞いている訳でもないのだが。

「打席はこの一回だけ。遠征費用が2万円だったから、『一振り2万円』也ということだ。エヘン!」


(続く)






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