※ ビエール・トンミー氏のアーカイヴ『B-Files』だ。
「しかし、ボクだって…..」
最高の友人にして最大のライバルであるエヴァンジェリスト氏が、小学6年生の時、50m走で「6秒9」という驚異の記録を出していたことが悔しいビエール・トンミー氏は、口の端をやや歪めながら呟いた。
「ボクは、ヘイズに並んだんだ」
独り自分の部屋で、妻に云うでもなく、他の誰に云うでもなく、独り言ちたのだ。
「ボクは、『10秒0』という記録を出したのだ。小学4年生の時だ」
ビエール・トンミー氏が小学4年であったのは(勿論、エヴァンジェリスト氏も小学4年生であった)、1960年である。
だから、『10秒0』というその記録をよく覚えているのだ。
1960年は、東京オリンピックの開催された年であった。
その東京オリンピックの100m走で、アメリカのヘイズ選手が出した世界タイ記録が『10秒0』であったのだ。
「皆、驚くであろうが、これは『事実』なのだ」
誰が聞いている訳でもないのに、ビエール・トンミー氏はムキになっていた。
「誰がなんと云おうと、ボクは、ヘイズに並んだんだ。ヘイズとどうタイムを出したのだ」
そうだ、その通りだ。ビエール・トンミー氏は正しい。
ビエール・トンミー氏は、小学4年ながら『10秒0』という記録を出したのだ。
そして、『10秒0』は、東京オリンピックの100m走で、アメリカのヘイズ選手が出した世界タイ記録と同タイムだ。
しかし、ビエール・トンミー氏が、独り言ながら、口にしていない『事実』があった。
ビエール・トンミー氏の、いや、小学4年生のビエール・トンミー君の記録は、50m走でのものであったのだ。
だから、ビエール・トンミー君が『10秒0』の記録と打ち立てた時、先生も同級生もどよめかなかった。
「距離は半分だけど、記録は同じだ」
と、ビエール・トンミー君自ら独り、何故か誇らしく思っただけであったのだ。
(おしまい)
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