2017年9月2日土曜日

見てはいけないもの(その3)[M-Files No.1 ]



1966年のこと、広島市立皆実小学校6年生のエヴァンジェリスト君は、50mを「6.9秒」で走った。

同級生たちは困った。エヴァンジェリスト君の取扱いに困った。

同じ日、同じ皆実小学校6年生のイダテン君も50mを「6.9秒」で走った。

スポーツ万能のイダテン君と同タイムの50m走「6.9秒」という驚異的な記録を出したエヴァンジェリスト君の取扱いに困ったのだ。

エヴァンジェリスト君は、勉強は万能であったが、スポーツは万能ではなかったのだ。

水泳では、25mを泳ぎきることはできなかった。

住んでいる町内(翠町)の小学生ソフトボール・チームでは、控えの投手兼9番ライトであった。『ライ9』であった。

エヴァンジェリスト君は、スポーツ劣等生なのであった。

エヴァンジェリスト君の同級生たちは、見てはいけないものを見てしまったのであった。




しかし、エヴァンジェリスト君にも『言い分』はあった。

確かに、水泳では、25mを泳ぎきることはできず、『カナヅチ』に近かったが、それには理由があったのだ。

小学3年生までは、水泳はむしろ得意であったのだ。

ビート板を使ったバタ足の練習も無難にこなした。

ビート板無しでのバタ足もきちんとこなせるようになった。

水泳の『級』も順調に上がっていった。水泳帽には、3本線の入る『等級』にまでなった。

しかし、ある時、バタ足での競泳があった際に、『事故』が起きた。

エヴァンジェリスト君は、隣を泳ぐ子とぶつかり、ほんの3-4mで泳ぎを止め、プールの底に足をつき、立ってしまったのだ。



「なんだよ」

という目で隣の子を見た。その時、

プールサイドにいた先生が云った。

「おい、エヴァ!なんだよ、お前。そのくらいしか泳げないのに、なんで3本線なんだあ!」

えええーっ!それはないです、先生。エヴァンジェリスト君はそう思った

隣とぶつかちゃったんです。エヴァンジェリスト君は、そう云いたかった。

しかし、エヴァンジェリスト君は、まだ小学3年生であった。先生に言い返すだけの強い気持ちを持っていなかった。

サラリーマンになり、何かあると、上司であろうと平気で言い返すようになったエヴァンジェリスト君も、小学3年生の頃は、まだまだウブであったのだ。

「そのくらいしか泳げないのに、なんで3本線なんだあ!」

と先生に言われのない叱られ方をされた時を境に、エヴァンジェリスト君は、水泳が嫌いになった。苦手になった。

エヴァンジェリスト君が、水泳で25mを泳ぎきることはできなくなったのには、そんな不幸な過去があったのだ。

そして、ソフトボール・チームでも、『ライ9』であったが、ただの『ライ9』であった訳はなかったのだ。


(続く)





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