「どうすればいいのだ…..」
485系の特急『にちりん』の席に座ったエヴァンジェリスト氏は、喉元の大動脈で動悸の速さをまだ感じていた。
…………1995年であった。
大分駅から宮崎に行く特急『にちりん』のトイレの扉を開けたエヴァンジェリスト氏は、そこに『見てはいけないもの』を見てしまったのだ。
トイレの中にしゃがみ、お尻をむき出しにして用を足しているお婆さんを見てしまったのだ。
お尻の主は、振り向き、エヴァンジェリスト氏に、驚愕と怒りとが混ざったような視線を送ってきた。
「いやいや、違う、違いますう!」
エヴァンジェリスト氏は、無意識の内に、手を動かし、トイレの扉を閉め、席に戻ったのであった。
「お婆さんは、ボクを覗き魔と思ったかもしれない」
と思うと、自分が犯罪者になったような気がして来た。動悸が速くなるのを自覚した。
「どうすればいいのだ…..」
(参照:見てはいけないもの(その13 )[M-Files No.1 ]の続き)
しかし、エヴァンジェリスト氏はどうしようもなかった。
トイレに戻り、もう一度、扉を開け、お婆さんに、
「いえ、違うんです。ボクは覗き魔ではありません。友だちのビエール・トンミーなら、変態ですから、故意であろうとなかろうと、貴女のお尻を見て『興奮』したかもしれませんが、ボクは違います。ボクは変態ではないので、貴女の尻を見ても、貴女の『大』を見ても興奮はしません。お疑いなら、『証拠』をお見せしても構いません。ええ、ズボンを脱いでお見せします」
とでも云えばいいのであろうか、とは思わなかった。
そんなことしたら、それこそ変態だと思われるであろう。いや、その前に、トイレの扉を開けただけで、今度は、『ギャーッツ』と叫び声を上げられ、エヴァンジェリスト氏は鉄道警察に逮捕されるであろう。
そうしたら、
『出張の変態サラリーマン逮捕!・・・JR特急で老婆のトイレを覗く・・・』
というニュースになってしまうであろう。そうしたら、人生はおしまいだ。
「でも、違うんだ。お婆さんのお尻を見るなんで趣味はボクにはないんだ」
ひたすら心の中で弁明した。弁明しながら、あのお婆さんの席が同じ車両なら、そろそろ席に戻ってくるかもしれない、と思った。
そうすると、自分に気付き、鉄道警察に通報するかもしれない、と思った。
そうすると、股間のソレは縮み上がった。
縮み上がりながら、股間は思った。
「オシッコをしたい」
そう、エヴァンジェリスト氏は、トイレにオシッコをする為にトイレに行ったのだ。そして、トレイの扉には『空き』とあったから扉を開けただけなんだ。開けたら、お婆さんがお尻を出してしゃがんでいたんだ。
「そうだ。トイレの扉に鍵をかけていなかったお婆さんの方が悪いのだ!そのせいで、ボクは見たくもないものを見る羽目になったのだ。犠牲者はボクの方なのだ。お婆さんがボクを見つけ、何か云ってきたら、そう言い返してやる。鉄道警察だって怖くないぞ」
と思うようになっていたが、お婆さんの席は別の車両なのか、エヴァンジェリスト氏の車両にお婆さんは姿を見せなかった。
段々、落ち着きを取り戻してくると、股間は、ますますこう思うようになった。
「オシッコをしたい」
トイレに行きたかった。だが、まだあのお婆さんがトイレの中でしゃがんでいるかもしれない。
そう思うと、なかなかトイレに向かう勇気が湧いてこなかった。
しかし、股間の方も限界が近付いて来ていた。
「オシッコをしたい」
(続く)
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