トイレの扉には、『空き』のサインが出ていた。
それを確認すると、エヴァンジェリスト氏は、扉の取っ手を取り、躊躇なくサッと横に引いた。
「…っ、は….っ…….」
エヴァンジェリスト氏は、その場に立ち竦んだ。
1995年のことであった……………
(参照:見てはいけないもの(その15 )[M-Files No.1 ]の続き)
『オジサン』がいた!
トイレの中には…….そこには、あのお婆さんはもういなかったが、その代りに、と云おうか、『オジサン』が立っていた。
『オジサン』は40歳台半ばくらいと見えた。
その時、41歳であったエヴァンジェリスト氏が、自分とそう年齢差のない男を『オジサン』と云っていいものかとは思うが、その男は、紛うことなく、『お婆さん』でも『オバサン』でもなかった。『青年』でも『少年』でも『乳幼児』でもなかった。
であれば、『オジサン』と云うしかないのである。
その『オジサン』が、エヴァンジェリスト氏が扉を開けたトイレの中に立っていたのだ。
エヴァンジェリスト氏は、またもや見てはいけないものを見てしまったのだ。
そこには、お婆さんがお尻をむき出しにしてしゃがんではいなかったが、『オジサン』が、両手を股間で揃え、腰を前に突き出すようにしていた。
そして、エヴァンジェリスト氏がトイレの扉を開けると、前方下に向けていた視線を、扉の開く音のした左斜め後方にキッと向けた。
『オジサン』とエヴァンジェリスト氏との視線がぶつかった。
「なんだよお!」
『オジサン』の目は、そう云ってきていた。
「バシーン!」
エヴァンジェリスト氏の手は、反射的に扉を閉め、『オジサン』の刺すような視線は、扉の向こうに消えた。
しかし、エヴァンジェリスト氏の瞼には、こちらを批判する両眼の残像が残っていた。
「こっちの方だ!『なんだよお』と云いたいのは」
と思いながら、閉めた扉の取っ手の上部を見た。そこには、『空き』という文字があった。
「まただ!そうだ!ボクは、トイレが『空き』であったから、扉を開けたんだ」
『オジサン』も、お婆さんと同じく、トイレの扉の鍵をかけていなかったのだ。
「ボクは、『オジサン』のオシッコ姿を見ようとしたのではないんだ」
エヴァンジェリスト氏は、瞼に残る『オジサン』の視線に必死で反論した。
反論しながら、エヴァンジェリスト氏は自分の席に戻って行った。
「なめていた………..ボクは『九州』をなめていた」
席に戻ったエヴァンジェリスト氏は、窓外に『九州』ののどかな田園風景に目をやりながら、呟いていた。
「『九州』では、トイレに入っても鍵を閉めないのか!?それが『九州』のルールなのか?………..ボクは『九州』をなめていた。ボクは一体いつになったらオシッコを出せるんだ!?」
(おしまい)
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