2017年10月4日水曜日

【ゲス児童】『くしゃれ緑』な『ウンギリギッキ』(その6)[M-Files No.5 ]



1965年春、『広島市立皆実小学校』5年4組のエヴァンジェリスト君が、下校する同級生の『帰国子女』子ちゃんの後をつけたのは、彼女が、どこに住んでいるのか知ろうとしたのであろうが、『帰国子女』子ちゃんの自宅を知ったところで、何かをしようとした訳ではなかった。

『帰国子女』子ちゃんの後をつけるエヴァンジェリスト君をビエール・トンミー氏が見たら、云ったであろう。

「この『ストーカー』野郎!君は子どもの頃から『ストーカー』だったのか」

後をつけて何かをしようとした訳ではないので、エヴァンジェリスト君は、『ストーカー』ではなかったことを、エヴァンジェリスト氏の名誉の為に云っておく。

エヴァンジェリスト君は、ただただ『収まり切らない』想いから、自宅に帰る『帰国子女』子ちゃんの後を追うという『行動』を取ることになったのだ。






……….その日、いつもは友だちと一緒に下校するのに、エヴァンジェリスト君は、一人、『皆実小学校』の南にある裏門を出た。

ほんの少し前に、『帰国子女』子ちゃんが下校するの見て、その後を追った。

20m程後ろである。後をつけるには、近すぎると思えるが、『帰国子女』子ちゃんは、まさか自分が後をつけられるとは思っていない。それも同級生の男の子につけられるとは思っていない。エヴァンジェリスト君の方にも、尾行術の心得がなかった。

『皆実小学校』の裏門から、二人が離れて歩いた道は今はもうない。段原から皆実町を経て宇品に抜ける大きな道を通すのに区画整理があったからである。

二人の歩いた道は当時、翠町公園の近くまでは、人通りが多く、エヴァンジェリスト君の尾行は目立たなかった。

しかし、翠町公園まで来ると、二人の他に人はいなかった。

翠町公園の横(南側の道)を、赤いランドセルを背負った『帰国子女』子ちゃんは歩いた。

スキップをしている訳ではないのに、フワフワと浮くような軽やかな足取りであった。

ランドセルの横には、青い袋に入った縦笛がアンテナのように刺さっていた。

『帰国子女』子ちゃんの後方20mくらいのところを、整った顔立ちながら、表情に少し陰のあるエヴァンジェリスト君が、前方を窺いながら歩いていたのであった。

そこから、『帰国子女』子ちゃんの家までは遠くはなかった。彼女の家は、宇品線の『下大河駅』近くであった。当時はまだ、宇品線が通っていたのだ。

エヴァンジェリスト君の家は、翠町公園を南下したところにあったが、その日は、翠町公園の南側の道を西から歩いて来て、そのまま東に向った(西旭町に入って行った)............


「呑気なものだ。エヴァよ、君は知っていたのか!?君が歩く翠町は、『こどもをかえせ』、『にんげんをかえせ』で有名な『原爆詩集』を書いた詩人峠三吉が、1945年8月6日、被爆した地であるのだ」

その声は、それから4年後に一生の友人となるビエール・トンミー氏の未来からの声であったかもしれない。

「エヴァよ、君が『帰国子女』子ちゃんの後をつけたのは、原爆投下から20年しか経っていなかった時なのだ。翠町公園の少し北に行ったところに、今も『被服廠』の建物があるだろう。君の高校(広島県立皆実高等学校)への通学路にあったよな。ボクも君の家に寄った後、君と一緒に通った『被服廠』に沿った道を歩き、高校まで行くようになったことを覚えているか。そして、その『被服廠』の鉄製の窓の扉は、爆風で曲がったままになっていた。やはり爆風により、上部が『へ』の字型になってしまった『被服廠』の塀もそのままそこにあったではないか(これも今は、平和資料館に寄贈されているらしい)」






その声は、『帰国子女』子ちゃんのスカートの揺れに気を取られていた、1965年のエヴァンジェリスト君には、聞こえていなかった。

峠三吉やその他の多くの人たちが、一瞬にして人生を変えられ、或いは、人生を終えさせられた地(広島)で、しかも、ソレからたった20年しか経っていない時に、君は『恋』にうつつを抜かしていたのだ!」

1965年のエヴァンジェリスト君には、『帰国子女』子ちゃんが振り向いたらどうしようか、という気持ちと、『帰国子女』子ちゃんに振り向いて欲しいという気持ちが交錯していた。

いずれにしてもエヴァンジェリスト君の眼中と心中には、『帰国子女』子ちゃんしかなかった。

「君が行く先にある宇品線では、被爆後、幾人もの被爆者が輸送されたのだぞ」

当時、日常的に、首筋等にケロイドのある人たちを街中で見かけていたが、1965年のその時、そこには、『帰国子女』子ちゃんとその20m後を歩くエヴァンジェリスト君しかいなかった。

いや、他にも誰かいたかもしれないが、エヴァンジェリスト君は、『二人の世界』にいたのであった。


(続く)




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