(住込み浪人[その44]の続き)
「ロマン主義は、19世紀の革命にも…….」
MHK文化センターのホールで、広島皆実高校の2年生のビエール・トンミー少年は、口を開けたま前方を見ていた。
「(トシコ先生……)」
そう、『ロマン主義と解放』というタイトルで西洋美術史の講演をしていたのは、トシコ先生であった。30歳を少し過ぎているらしいが、20歳台にしか見えない若い大学講師だ。
「ドラクロワにせよ、ゴヤにせよ……」
トシコ先生の講義は耳に入ってきていたが、ビエール・トンミー少年は、トシコ先生の赤い口紅の唇の動きを追っていた。
「(んぐっ!)」
ビエール・トンミー少年は、隣の席の人に気付かれない程度ながら喉を鳴らし、両手を足の付け根辺りに持っていった。『異変』を悟られぬように。
「(子どもだ……..)」
ビエール・トンミー少年には、同級生の女子生徒たちが子どもに思えたのだ。広島皆実高校の1年生の時、少し気になる同級生の女の子がいた。同級生で友人のエヴァンジェリスト君の原作・監督の放送劇『されど血が』でヒロイン『すず』を演じた生徒だ。
その『すず』を演じた生徒を含め、高校の女子生徒たちは、トシコ先生を前にすると、より正確にはトシコ先生の赤い唇を前にすると、子どもにしか見えなかったのである。
「(きっといい匂いがするのだろう)」
ビエール・トンミー少年の席は、前方にはあったものの、最前列ではなかったので、トシコ先生の香りを嗅ぐことはできなかったが、彼の鼻腔は嗅いだことのないトシコ先生の香りを感じていた。
「(んぐっ!)」
ビエール・トンミー少年は、足の付け根辺りに持っていった両手を更に強く体に押し付けたが………
(続く)
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