2019年5月31日金曜日

住込み浪人[その103]







「(なんなの、この臭い!?)」

EBSテレビのクイズ番組『テイトー王』の収録中であった。『テイトー王』のクイーンである『テイトー』(帝立大学東京)の学生にして、スタンハンセン大学も認めた才媛である『サトミツ』こと『佐藤ミツ』が、今回の『テイトー王』で不調なのは、『んぐっ!』なる訳の分からぬものがこの世にあることを知ったから、ということだけではなかったようだ。

「(んもー!この臭いのせいで、また早押しできなかったじゃないの!)」

早押しクイズで、答が分り、ボタンを押そうとしたものの、それまで鼻に手を持っていっていた分、遅くなり、早押しできなかったのだ。それが一度ならず、2度三度と続いたのである。



「あれえ?『佐藤ミツ』どうしたかなあ?花粉症か?」

事情を知らない司会者の一人、元お笑い芸人のヒロニが、しきりに鼻に手を持っていく『サトミツ』を見て、そう云った。

「(ふん!花粉症じゃないわ。ヒロニさん、分からないの、この臭い?)」

そうだ、ヒロニやもう一人の司会者であるお笑い芸人のナンカイノー・アメカイノー、そして、他の出演者には、臭っていないようであった。

「(分かるわ、その臭い。私は今、マスクでなんとか防いでいるけど)」

そう、もう一人、アシスタント・ディレクターの松坂慶江だけは、『サトミツ』の苦悶を理解していた。

「(だけど…..ただ臭いだけ?)」

その質問が届いたわけではなかったが、『サトミツ』自身、自らに生じている混乱が、単なる知識の欠如(『んぐっ!』って何か知らないこと)に起因するものではないことに気付き始めていた。

「(ああ、臭いのに…..たまらなく臭いのに!)」


(続く)



2019年5月30日木曜日

住込み浪人[その102]







「おやあ?『佐藤ミツ』、今日は、今一つ調子が出ませんね。どうしたんでしょう?」

EBSテレビのクイズ番組『テイトー王』の司会者の一人、お笑い芸人のナンカイノー・アメカイノーが、『テイトー王』のクイーンである『テイトー』(帝立大学東京)の学生にして、スタンハンセン大学も認めた才媛である『サトミツ』こと『佐藤ミツ』が回答ミスを連発し、クイーンらしくないことを訝った。

「(んもー!だってえ!)」

と、『サトミツ』は頬を膨らませる。



「(何なのよ、『んぐっ!』って!そんなの受験勉強でも出てこなったし、『テイトー』でも習ったことない。私が知らないことがあるなんて!)」

プライドに美貌のシェルを被せたとも云える『サトミツ』には、自分の知らない『んぐっ!』なるものが許せず、そのことで調子が乱され、回答ミスを連発してしまっていたのだ。

そんな『サトミツ』をスタジオCの片隅で凝視していた『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、また我慢できず、

「(んぐっ!)」

となったが、両手で強く股間を抑え、その影響も抑えたので、それにより収録が中断することはなかった。

「(それにい……)」

『サトミツ』の不調には、まだ理由があるようであった……..


(続く)


2019年5月29日水曜日

住込み浪人[その101]







「(知っている。私だ……..)」

EBSテレビのスタジオCで、クイズ番組『テイトー王』の収録が2度目の中断をなった理由を、アシスタント・ディレクターの松坂慶江は知っていた。

「(でも、それは、あの男のせい!)」

松坂慶江は、恨めしげにスタジオ隅に佇むパジャマ姿の男を見た。『住込み浪人』ビエール・トンミー青年である。

「(あの男の発する臭いのせい!ホント、臭くてたまらない。んん、もうどうにもたまらないわ!んぐっ!んぐっ!んぐっ!)」

と、ジャケットのポケットからマスクを取り出し、急いで口を覆った。

「(ふうう…..)」

マスク越しに深呼吸をした。



「じゃ、再開します。ヒロニさん、アメちゃん、お願いします!」

というチーフ・ディレクターの掛け声で収録は再開することとなった。

『んぐっ!』って、何のことだか分からないけど、まあいいや」

と、大人な対応を見せたヒロニであったが、頬を膨らませている出演者がいた。

「(もう!調子が乱れちゃう!何なのよ、『んぐっ!』って。そんなの勉強した中にはなかったわ)」


(続く)


2019年5月28日火曜日

住込み浪人[その100]




住込み浪人[その99]の続き)



「では、第2ステージです!」

EBSテレビのスタジオCで、クイズ番組『テイトー王』の司会の一人、お笑い芸人のナンカイノー・アメカイノーが、片手を上げ、やり直しの第2ステージの開始を宣言した。

「さあ、『デヴィル夫人』率いる芸能人チーム、追い上げなるか!?」

もう一人の司会者で、元お笑い芸人のヒロニも場を盛り上げるように、そう云った時であった。

「ストップ!ストップ!ストップ!」

再び、チーフ・ディレクターが、収録を止めた。

「ええー!またあ?どうしたの?」

ヒロニが、不快を隠さなかった。

「すみません。また、雑音のようなんです」

チーフ・ディレクターは、ヒロニに頭を下げた。

「また、『んぐっ!』です。今度は、さっきの『んぐっ!』の他に、高音の『んぐっ!』も混じっていました」

ミキサー室から、そう報告があったのだ。

「なんなの、雑音って?」
「ええ、まあ、それが『んぐっ!』だそうで…..」
「ええ?『んぐっ!』?なんだ、それえ?」
「いや、私にもなんだか….」

そんなやり取りを聞いても、アシスタント・ディレクターの松坂慶江は、今度は、『住込み浪人』ビエール・トンミー青年の所に向かわなかった。

「(……..)」

両手を体の前で合わせ、なんだかモジモジしていた。




(続く)



2019年5月27日月曜日

住込み浪人[その99]







「いい加減にして下さい。収録の邪魔です!」

EBSテレビのクイズ番組『テイトー王』を収録するスタジオCの隅で、アシスタント・ディレクターの松坂慶江が、『住込み浪人』ビエール・トンミー青年に、小声だが、きつい言い方で注意した。

「え?」

『住込み浪人』ビエール・トンミー青年には、アシスタント・ディレクターが何を云っているのか、分らなかった。

「分ってるんですう!生『サトミツ』で興奮したんでしょ!」
「(ええ!どうして知ってるんだ?)」

「住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、ミキサー室からの報告は聞こえていないのだ。

「だって、一目瞭然でしょ!」

とアシスタント・ディレクターは、視線を『住込み浪人』ビエール・トンミー青年の股間に落とした。

「(んぐっ!)」

『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、両手で股間を抑えた。

「ほら、それよ!もうまた臭い始めてるし!ああ」

そのままその臭いを吸っていてはマズイと判断したアシスタント・ディレクターは、急いでその場を離れた。

「(だって、仕方ないじゃないか。今、数メートル先に『サトミツ』がいるんだ)」

「住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、独り言い訳をした。

確かに、同じスタジオの中に、今、クイズ番組『テイトー王』のクイーンである『テイトー』(帝立大学東京)の学生にして、スタンハンセン大学も認めた才媛である『佐藤ミツ』がいるのだ。生『サトミツ』なのだ。

「(ああ、見なきゃいいだろ、『サトミツ』を)」

『サトミツ』は、その顔を見ているだけで興奮させられるものであったが、クイズ問題に答える時に眼に走る光が、『住込み浪人』ビエール・トンミー青年の股間を射るのだ。




(続く)


2019年5月26日日曜日

住込み浪人[その98]







「ストップ!ストップ!ストップ!」

チーフ・ディレクターが、収録を止めた。EBSテレビのクイズ番組『テイトー王』を収録するスタジオCである。

「すみません。もう一度、第2ステージの最初からお願いしまーす」

チーフ・ディレクターは、出演者とスタッフに謝った。

「ミキサー室から、雑音が入ったって」

収録を止めた理由も説明した。

「チーフ、雑音です」

というミキサー室からの報告が、ヘッドセットに入って来たのだ。



「なんだか『んぐっ!』って音が入って来たんです」
「ええ?『んぐっ!』ってなんだ、それ?」
「分りません。微かな音ですが、確実に『んぐっ!』って音が入って来たんです」

チーフ・ディレクターとミキサー室のやり取りを聞いたアシスタント・ディレクターの松坂慶江が、そっと、スタジオの隅に控えていた『住込み浪人』ビエール・トンミー青年の方に行った。


(続く)



2019年5月25日土曜日

住込み浪人[その97]







「(な、な、なんだ、この芳しい匂いは!...んぐっ!)」

EBSテレビの廊下で、『岩原プロモーション』の看板俳優にして事実上の代表である『渡蟹徹夜』に声をかけられていた『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、『渡蟹徹夜』から顔を背け、自らの横を通り過ぎていく匂いを追った。

「ちょっと、君、君!」

『渡蟹徹夜』が、スターらしくもなく、一般人に必死に呼びかけた。

「(は!『サトミツ』!...んぐっ!)」

そうだ。芳しい匂いの正体は、『サトミツ』であった。クイズ番組『テイトー王』のクイーンである『テイトー』(帝立大学東京)の学生にして、スタンハンセン大学も認めた才媛である『佐藤ミツ』が今、『住込み浪人』ビエール・トンミー青年の横を通って行ったのだ。勿論、『テイトー王』の収録スタジオに向ったのであっただろう。

「君、エヴァンジェリスト君の連絡先を!」

『渡蟹徹夜』は、『住込み浪人』の両肩を掴もうとしたが、『住込み浪人』は、芳しい匂いに釣られ、その場を離れて行った。

「(ああ、『サトミツ』!...んぐっ!)」

『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は既に、夢遊病者のような歩みになって行った。

「ちょっと、君、君!」

その後を『渡蟹徹夜』は、追おうとしたが……..

「ワタリガニさん!ダメです。もう時間がありません。テレビ朝目にいかないと」

マネージャーらしき男が、スターを制した。

「(ああ、『サトミツ』!...んぐっ!)」

『住込み浪人』ビエール・トンミー青年にとっては、大スター『渡蟹徹夜』よりも『サトミツ』であったのだ。

かくして、エヴァンジェリスト青年と『岩原プロモーション』とにできかけた接点は、『サトミツ』という甘い香りに溶かされてしまったのであった。




(続く)



2019年5月24日金曜日

住込み浪人[その96]







「ん?.....君は、エヴァなんとかという青年を知っているのか?」

EBSテレビの廊下で、『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、『岩原プロモーション』の看板俳優にして事実上の代表であるのが、『渡蟹徹夜』に声をかけられた。

「あ……はい、まあ、そのお……」
「ウチの事務所で探しているんだ、エヴァなんとかという青年を」
「エヴァンジェリストですか?」
「そうです。エヴァンジェリスト青年です」

『渡蟹徹夜』のマネージャーらしき男が、口を挟んだ。

「そのエヴァンジェリスト君に、是非、『岩原プロ』に入ってもらいたいんだ」

スターに直視され、そう云われた『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、緊張しながらも訊いた。

「エヴァの奴をご存じなんですか?」
「いや、知らない。まだ会ったことはない。だが、『まさ子夫人』がね」
「『まさ子夫人』?」

芸能界に疎い『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、『岩原プロモーション』を作った往年の大スター『岩原裕三郎』のことは知っていたが、その夫人にして元女優『桂三枝(かつら・みえ)』のことは知らなかったのだ。今は、『岩原プロモーション』の会長『岩原まさ子』である。

「ああ、会長の『まさ子夫人』が、そのエヴァンジェリスト君の噂をどこかで耳にしたんだ。彼の美貌の噂だ。知っての通り、『岩原プロ』は苦しい。『勃(たつ)セマシ』に続く役者が出てこないんだ」


『岩原プロ』で、『渡蟹徹夜』に次ぐ人気俳優の『勃(たつ)セマシ』のことも知ってはいた。主演し、高視聴率を稼いだドラマ『あぶないほどデッカイ』は見たことはなかったが。

「だから、次代のスターとして、エヴァンジェリスト君をスカウトしたい、というのが、『まさ子夫人』の意向なんだ。君は、エヴァンジェリスト君の友だちか?」
「まあ….」
「じゃあ、彼の連絡先を…..」

と、『渡蟹徹夜』が身を乗り出してきた時であった。

「ああ……..」


(続く)


2019年5月23日木曜日

住込み浪人[その95]







「ワタリガニさん….」

EBSテレビの廊下で、『住込み浪人』ビエール・トンミー青年が今、すれ違おうとしている男に、そのマネージャーのような男が、声をかけた。

「(あ、そうだ!ズワイガニではなく、ワタリガニだ。渡蟹(ワタリガニ)徹夜(テツヤ)だ!)」


『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、レイヨルのサングラスをかけ、頭を角刈りにした、如何にもスターといった風情のその俳優の名前を思い出した。

「(エヴァの奴がいたら、興奮しただろうなあ)」

友人のエヴァンジェリスト青年は、

「ボクは、いつか『岩原プロ』入りすることになるだろう」

とほざいているのだ。

往年の大スターで、今は亡き『岩原裕三郎』が設立した『岩原プロモーション』の現在の看板俳優にして事実上の代表であるのが、『渡蟹徹夜』であった。

「あの青年なんですが、まだ連絡先が分りません。申し訳ありません」

マネージャーらしき男が、渡蟹徹夜に頭を下げた。

「ああ、あのエヴァなんとかという青年かあ」

というスターの言葉に、『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、思わず反応した。

「え!?エヴァ?」


(続く)


2019年5月22日水曜日

住込み浪人[その94]







「収録開始しまーす!さあ、皆さん、スタジオにお願いしまーす!」

EBSテレビのクイズ番組『テイトー王』出演者控室に入ってきたアシスタント・ディレクター松坂慶江が、号令をかけた。が……..

「臭ーっ!」

松坂慶江は、顔の前を手団扇であおいだ。

「さっきより臭くなってる!.....ああ」

松坂慶江は、中年女性マネージャーと対峙した『住込み浪人』ビエール・トンミー青年に、彼の股間に、眼を遣った。

「ん、まあ!」
「(いや、違う!違うんだ!......ボクは、おばさんには…..)」
「ふん!『コカンは口ほどにモノを云い』ってこのことね」


「(そんな諺、知らない)」
「だったら、覚えておいた方がいいかもね。今日の問題に出るかもよ」
「(んな、馬鹿な)」
「んもー、どうでもいいから、早くここを出て!もう堪らないわ!」

と促された『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、他の出演者たちを追うように控室を出た。収録があるスタジオがどこか分らないので、ついていくしかない。

「おはようございまーす!」

廊下の前を行く出演者たちが、誰かに挨拶した。

「(エヴァの云う通りだ。芸能界では、朝でなくても、『おはようございます』と挨拶するんだ)」

と芸能界に詳しい友人から聞いたことを思い出しながら、項垂れていた顔を上げた。

「は!」

芸能界に疎い『住込み浪人』ビエール・トンミー青年ではあったが、今、すれ違おうとしている男には見覚えがあった……

「(ズ、ズ,ズワイ……?」


(続く)



2019年5月21日火曜日

住込み浪人[その93]







「よく見ると、君もなかなか美味しいわねえ。ふふ」

EBSテレビのクイズ番組『テイトー王』出演者控室で、『住込み浪人』ビエール・トンミー青年を前に、中年女性マネージャーが、文字通りの舌舐めずりをした。

「(んぐっ!.....しまった!.....違う!違うんだ!)」

おばさんには興味はない『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、必死で、自分の意思とは別に『反応』してしまう自身の股間の動きを否定した。

「あら、どう違うの?」
「(??….この人も他人の心が読めるのか?)」
「いいのよ、安心して。アタシ、『商品』には手は出さないから。ふふ」
「(商品?)」
「そうよ、君も、ウチの事務所に入らない?あのエヴァなんとか子と一緒に。ふふ」
「いえ….」
「ウチは、『枕』はさせないから安心していいのよ。ふふ」
「(『枕』?)」



芸能界に疎い『住込み浪人』ビエール・トンミー青年には、中年女性マネージャーが口にした『枕』の意味が分らなかった。しかし、

「(んぐっ!.....え?何だ?何なんだ!)」

『住込み浪人』ビエール・トンミー青年の股間は、『枕』の意味を理解したようであった。

「あれええ…..ふふ、ふふ」

『住込み浪人』ビエール・トンミー青年の股間に眼を遣った中年女性マネージャーは、自らの紅い唇を舐め回し、身を青年の方の寄せようとした時であった。

「皆さーん!」

控室のドアが開き、、クイズ番組『テイトー王』のアシスタント・ディレクター松坂慶江の声が響いた。


(続く)



2019年5月20日月曜日

住込み浪人[その92]







「エヴァ!」

EBSテレビのクイズ番組『テイトー王』出演者控室に設置されたテレビ・モニターに大きく映し出された友人の顔を見た『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、驚愕した。

「あら、君、この子、知ってるの?」

エヴァンジェリスト青年を気に入ったらしい中年女性マネージャーが、『住込み浪人』ビエール・トンミー青年の方に顔を向け、訊いた。

「え?ああ、友人です。高校の同級生です」
「なんて子?」
「子?...エヴァンジェリスト君です」
「なんだか難しくて話の内容は分かんないけど、あの子、銀行関係者?」
「いえ、大学院生です。OK牧場大学の」
「あらそうなの。じゃ、経済か商学が専門なのね」
「いえ、文学研究科です。フランス文学が専門です」
「え!?うそー!」
「いえ、本当です。ボクもアイツが何故、銀行関係のことに詳しいのか、分りません。一浪の後、今年、大学に入ったばかりで、でもいつの間にか大学院の修士課程に飛び級で上がっちゃってるし」
「なに、それ!?」
「広島県立広島皆実高校1年7ホームの時、『されど血が』という放送劇の監督、脚本を担当したり、文化祭で占い師になったりはしていましたけど、銀行、金融に関心はなかったと思います」



「そう、お芝居には興味あったのね」
「興味があったかどうか知りません。演劇部に入部を勧誘されたとは聞いたことがありますが」
「ああ、やっぱりね。あの美貌を放っておく手はないものねえ…..あれ?」

そこで、中年女性マネージャーは、首を傾げた。


(続く)



2019年5月19日日曜日

住込み浪人[その91]







「あら、この子、美味しいわねえ」

EBSテレビのクイズ番組『テイトー王』出演者控室に設置されたテレビ・モニターを見ながら、中年女性が、舌舐めずりするように云った。

「まあ、『当局』の意向に沿ったつもりなんでしょうけれど、どうかと思いますねえ」

街頭でマイクを差し出された青年が、インタビューに答えていた。青年は、インタビュアーにこう質問されていたのだ。

「最近、『融資部』、『審査部』という名称をなくす銀行が出てきていますが、この流れについてどう思われますか?」

中年女性が見ていたのは、どうやら、『地域金融機関の生きる道は?』というドキュメンタリー番組のようであった。

「『当局』は、企業の事業成長性等を評価して融資を推進するように、なんてことを云っているので、もう、財務分析や格付等の融資審査は不要、と短絡的に考える金融機関もあるようですが、それはまさに短絡的ですねえ」

たまたま街頭でマイクを差し出されただけの青年とは思えぬ発言である。

「(『当局』って何だ?)」

という『住込み浪人』ビエール・トンミー青年に疑問に答えるように、テロップで『当局=金融財務省』という説明が出た。

「決算書は、見るとその企業の問題点にばかり眼がいくので見ない、という人もいると聞きますが、財務分析は、審査というのは、融資先企業の問題点を見出す為にだけするものとは思いません」

インタビューを受けている青年の顔がアップになり、控室に設置されたテレビ・モニター一杯に、大映しとなった。

「この子、ホント、美味しいわ!」

舌舐めずりするように、ではなく、まさに舌を出して、真っ赤な紅が塗られた自らの唇を舐めた中年女性は、どうやら芸能事務所の関係者、多分、マネージャーのようであった。


「ウチの事務所に欲しいわねえ」

とその中年女性が云うのと同時に、

「ああ!」

『住込み浪人』ビエール・トンミー青年が、思わず声を上げた。


(続く)