(住込み浪人[その96]の続き)
「(な、な、なんだ、この芳しい匂いは!...んぐっ!)」
EBSテレビの廊下で、『岩原プロモーション』の看板俳優にして事実上の代表である『渡蟹徹夜』に声をかけられていた『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、『渡蟹徹夜』から顔を背け、自らの横を通り過ぎていく匂いを追った。
「ちょっと、君、君!」
『渡蟹徹夜』が、スターらしくもなく、一般人に必死に呼びかけた。
「(は!『サトミツ』!...んぐっ!)」
そうだ。芳しい匂いの正体は、『サトミツ』であった。クイズ番組『テイトー王』のクイーンである『テイトー』(帝立大学東京)の学生にして、スタンハンセン大学も認めた才媛である『佐藤ミツ』が今、『住込み浪人』ビエール・トンミー青年の横を通って行ったのだ。勿論、『テイトー王』の収録スタジオに向ったのであっただろう。
「君、エヴァンジェリスト君の連絡先を!」
『渡蟹徹夜』は、『住込み浪人』の両肩を掴もうとしたが、『住込み浪人』は、芳しい匂いに釣られ、その場を離れて行った。
「(ああ、『サトミツ』!...んぐっ!)」
『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は既に、夢遊病者のような歩みになって行った。
「ちょっと、君、君!」
その後を『渡蟹徹夜』は、追おうとしたが……..
「ワタリガニさん!ダメです。もう時間がありません。テレビ朝目にいかないと」
マネージャーらしき男が、スターを制した。
「(ああ、『サトミツ』!...んぐっ!)」
『住込み浪人』ビエール・トンミー青年にとっては、大スター『渡蟹徹夜』よりも『サトミツ』であったのだ。
かくして、エヴァンジェリスト青年と『岩原プロモーション』とにできかけた接点は、『サトミツ』という甘い香りに溶かされてしまったのであった。
(続く)
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