(住込み浪人[その87]の続き)
「オッカーのシータ……」
EBSテレビ本社ビルの廊下を歩いてきた2本の太ももの主は、鼻歌のように小声で歌う女の子であった。長髪を真ん中分けし、膝上15cmのミニスカートを履いていた。
「『アマゾネス・ジャン』…..」
クイズ番組『テイトー王』のアシスタント・ディレクター松坂慶江が、呟いた。
そう、2本の太ももの主は、アイドル歌手『アマゾネス・ジャン』であった。ブラジル出身だが、中国系だ。その美貌とたどたどしい日本語で、若い男のたちを虜にしていた。
「(んぐっ!)」
『住込み浪人』ビエール・トンミー青年の歩みが止まった。度を越した股間の『硬直』のせいで、歩行困難となったのだ。
受験勉強の最中ではあるが、『テイトー王』の他に、同じEBSテレビの人気歌番組『夜のベストテン・スタジオ』を欠かさず見ていた。ほぼ毎週、お気に入りの『アマゾネス・ジャン』が出演するからであった。より正確には、お気に入りの『太もも』が出演するからであった。
「(んぐっ!んぐっ!)」
その『太もも』が今、生で眼の前に現れたのだ。
「(ふん、こんな子がいいの?子どものくせにあんなに脚をさらけ出して)」
と、思いながらも、松坂慶江は、すれ違う『アマゾネス・ジャン』に愛想笑いを向けた。テレビ局にとっては、視聴率を稼いでくれる大事なタレントであるからだ。
「でも、臭ーっ!」
松坂慶江の笑顔が、苦痛に歪んだ。『住込み浪人』ビエール・トンミー青年の放つ臭いが、強烈さを増したのだ。
「ん、もーっ!止まってないで、来てちょうだい!」
松坂慶江は、振り向かずに、住込み浪人』ビエール・トンミー青年を急かした。
「(このままだと、倒れちゃいそう!)」
(続く)
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