2020年3月31日火曜日

うつり病に導かれ[その61]






「ご、ご、ごめんなさい」

処方薬を求めてきた『タノ9薬局』のカウンターで、ビエール・トンミー氏は、泣きそうになっている『スミコ』と呼ばれた八重歯の星由里子に酷似した女性に詫びた。『スミコ』がMacの『Boot Camp』とエクササイズの『Boot Camp』とを勘違いしていることを指摘しただけのことではあったのだが。

「おい!『スミ』ちゃんと泣かせるなんて承知しねえぞ!」

カウンターの隣にいる田中邦衛に酷似した青大将が、口を大きく歪めながら、ビエール・トンミー氏の腕を掴んできた。

「そうだよ、『スミコ』さんを泣かせたりしたら、アタシが黙ってないわよ、ユーイチ!」

『スミコ』の背後から、飯田蝶子に酷似したお婆ちゃん薬剤師『りき』までもが、唾を飛ばしてきた。

「いいのよ、青大将、『りき』お婆ちゃん。私が、パソコンのこと分かんないからいけないのよ」

と、『スミコ』は項垂れた。

「いえ、『スミコ』さんがいけないんんじゃないんです。パソコンって、まだまだ誰でもが分かるようなものじゃないんです」
「あら、そうですの」

『スミコ』が、顔を上げた。

「ええ、そうです、そうなんです。要するに、私が使っているのは、Windowsなんです!」




ビエール・トンミー氏は、とても風邪をひいた病人には見えない程に元気に高らかに宣言した。


(続く)



2020年3月30日月曜日

うつり病に導かれ[その60]






「んんん…Macですが…」

ビエール・トンミー氏は、『タノ9薬局』のカウンターで対峙する『スミコ』の質問に回答し始めた。使用しているPCについて訊かれたのだ。Macであるのか、Windowsであるのか。

「あら!Macでしたの」

『スミコ』は、失望を隠さず、視線をビエール・トンミー氏から外した。

「いえ!」

ビエール・トンミー氏は、思わず声を上げた。Macと答えてもWindowsと答えても嘘ではなく、Macとか答えた方が女性受けがいいかと思い、Macを選択したが、それが間違いであることを知ったのだ。

「おおー!びっくりするじゃねえか」

カウンターの隣にいる田中邦衛に酷似した青大将が、大きく歪めた口から唾を飛ばしてきた。

「いえ、使っているのは、Macですが、使っているのはWindowsです。Macなんかじゃありません!」

と、説明したものの、それが訳の分からない説明であることをビエール・トンミー氏は、自覚した。

「はああ?仰っていることが…」
「ああ、申し訳ありません。使っているパソコンのハードウエアは、Macですが、そこで使っているOS、システムは、Windowsなんです」

と、説明したものの、それまた、普通の人にとっては訳の分からない説明であることを自覚した。

「もう結構ですわ!」

『スミコ』と呼ばれた八重歯の星由里子に酷似した女性は、何の衒いもなく頬を膨らませた。

「いえ、いえ、いえ!ごめんなさい。Macって、実は、Windowsのパソコンにもなるんです。正確には、今のMacには、つまり、インテルのCPUを搭載したMacには、『Boot Camp』というソフトウエアがあって、これを使って、Windowsをインストールできるんです」
「あら!『Boot Camp』なら、以前、よくしましたわ。ビリー隊長のDVDを買いましたの」




「あ、その『Boot Camp』ではないんですが…」
「んん、もう!」


(続く)



2020年3月29日日曜日

うつり病に導かれ[その59]






「福岡行のJANA便にお乗りになったことはありませんこと?」

『スミコ』と呼ばれた八重歯の星由里子に酷似した女性は、『タノ9薬局』に処方薬を求めてきたビエール・トンミー氏に、そう質問した。

「あ、あ、ありますが…」

戸惑いながら、しかし、両手は股間に手を置いたまま、ビエール・トンミー氏は、答えた。

「似ていらっしゃるの」

『スミコ』と呼ばれた八重歯の星由里子に酷似した女性は、はにかみ、八重歯が光った。

「(……?)」

相手の云わんとすることは分らなかったが、好意を持って接してきているように感じる。

「私、JANAのCAをしてますの」

『スミコ』は、ビエール・トンミー氏を正面から凝視め、思いがけない言葉を発してきた。



「へ!?」

己の間抜けな声に、ビエール・トンミー氏は、顔面を真っ赤にした。

「パソコンは、何をお使いですの?」

『スミコ』は、更に思いがけない質問を浴びせてきた。

「は!?」
「Macですの?Windowsですの?」

頭の中の混乱に、ビエール・トンミー氏の股間は、萎んだ。


(続く)



2020年3月28日土曜日

うつり病に導かれ[その58]






「代わりますわ、お婆ちゃん」

『スミコ』と呼ばれた八重歯の星由里子に酷似した女性が、カウンター越しにビエール・トンミー氏の前に立った。

「(ああ…)」

爽やかで何だかいい匂いの風がビエール・トンミー氏の顔に当った。




「(んぐ…)」

と『異変』が生じかけた時であった。

「あら!」

『スミコ』と呼ばれた八重歯の星由里子に酷似した女性が、正面から、ビエール・トンミー氏の顔を見据えた。

「(んぐ…)」

ビエール・トンミー氏は、慌てて両手で股間を抑えた。

「どこかでお会いしたことありませんかしら?」

『スミコ』と呼ばれた八重歯の星由里子に酷似した女性が、妙なことを云い出した。

「へ?」

ビエール・トンミー氏は、思わず間抜けな声を出してしまった。


(続く)


2020年3月27日金曜日

うつり病に導かれ[その57]






「おや、スミコさん。手伝いに来てくれたのかい」

お婆ちゃん薬剤師『りき』が、振り向くと、八重歯が煌めいていた。

「(うっ)」

その煌めきの眩しさに、ビエール・トンミー氏は、股間に当てていた手を上げ、目を塞いだ。

「『りき』お婆ちゃん、青大将の云う通りよ。お客様を揶揄っちゃダメよ」

煌めく八重歯の主は、『スミコ』と呼ばれた女性であった。





「(え!)」

塞いでいた手を外して見た『スミコ』と呼ばれた女性の美しさに驚いただけではなかった。

「(誰だったか…?)」

そう、見たことのある女性であった。

「(あ!星由里子!)」

『スミコ』と呼ばれた八重歯の女性は、星由里子、いや、星由里子に酷似した女性であった。

「支払はどうする、ユーイチ?」

ビエール・トンミー氏は、お婆ちゃん薬剤師『りき』の言葉に我に返った。

「エヴァPayでお願いします」

とiPhoneを取り出し、エヴァPayのQRコードを見せた。

「アタシャね、ナントカPayなんつーの、わかりゃしないんだよ」

お婆ちゃん薬剤師『りき』は、皺だらけの顔を更に皺だらけにした。


(続く)




2020年3月26日木曜日

うつり病に導かれ[その56]






「だってさあ、この人さあ、ユーイチに似てるじゃないかえ」

お婆ちゃん薬剤師『りき』は、ビエール・トンミー氏の手を再び、握り、その手の甲に今度は、赤い唇をつけようとした。

「(んぐっ!)」

ビエール・トンミー氏は、さっと手を引き、両手で股間を隠した。

「ま!恥ずかしがっちゃってさあ。顔も真っ赤にしちゃってさ」
「いや…」
「じゃあさ、『アズベリン』が出てるからさ、これで咳を止め、痰を取るんだよ、ユーイチ」
「いえ、私は、ユー…」
「『クラリス』も出てるよ。抗生物質だから、変な虫がつかないよ、ユーイチ」
「いえ、だから、私は、ユー…」
最後はねえ、『カロナール』、だよ。熱と頭痛、カローナールさあ」

と、どこかで聞いたことのあるダジャレを飛ばして、ウインクし、赤い唇を窄め、突き出してきた。

「(んぐっ!アニータ!?)」

ビエール・トンミー氏は、頭の中を、『メディシン・アニータ薬局』のアニータの顔と『タノ9薬局』のお婆ちゃん薬剤師『りき』の顔とが、文字通りグルグル回り、椅子から転げ落ちそうとなった。





その時……

「んん、もう、『りき』お婆ちゃんったらあ」

爽やかな声が、ビエール・トンミー氏の頭の中に降ってきた。


(続く)




2020年3月25日水曜日

うつり病に導かれ[その55]






「ええー!」

『タノ9薬局』のカウンター越しに、お婆ちゃん薬剤師に手を握りしめ、頬ずりをされたビエール・トンミー氏は、驚いて思わず、自らの股間に目を落とした。握られた手ではなく、股間に。

「おや、ユーイチ、うふふ」

と、お婆ちゃん薬剤師は、カウンター越しにビエール・トンミー氏の股間を覗き込んだ。

「うぶぶう!」

ビエール・トンミー氏は、唸り声をあげながら、頭を大きく左右に振った。

「(違う!断じて違う!そんなはずはない!)」

自身の体の『変化』を認めたくなかった。『相手』は、お婆ちゃん、それもお婆ちゃんの権化とも云うべき存在だ。

「いいんだよ、ユーイチ!なんだったら、昔みたいにアタシのオッパイも咥えるかい?ふふ」

お婆ちゃん薬剤師は、ビエール・トンミー氏の手を自分の胸に持っって行こうとした。

「りき婆ちゃん、揶揄うのもいい加減にしろよなあ」

隣のカウンターで薬をもらっていた男が、声をかけてきた。

「まだボケてやいねえだろ。そいつさあ、若大将じゃねえこと、分ってるくせにさあ」

なんだか癖のある云い方であった。

「なんだよお、青大将」



『りき婆ちゃん』と呼ばれたお婆ちゃん薬剤師は、両頬を膨らませ、ようやくビエール・トンミー氏の手を離した。

「(な、なんだ、なんだ?若大将とか青大将とか?加山雄三の映画じゃあるまいし)」

と思いながら、隣のカウンターの男の方に顔を向けた。

「この婆さんさあ、イイ男を見ると、孫のユーイチと勘違いしたフリして揶揄うのさ」

と、口を歪めながら喋る男は、田中邦衛に酷似していた。


(続く)




2020年3月24日火曜日

うつり病に導かれ[その54]






(な、なんだ?)」

『タノ9薬局』のカウンター越しにいきなり手を掴まれたビエール・トンミー氏は、熱の為、元々揺らついていた体を更に、揺らせ、倒れそうになった。

「ユーイチ、大丈夫かい?」

熱のせいか、見知らぬ名前で呼ばれたように聞こえた。

「うっ、ぷっ…ぷう!」

と、息を吐き出し、前方に向けた。

「熱が高いのかい?」

赤い唇が、向ってきていた。


「ええ!」

怯んで、身を椅子の背に倒した。

「だいぶ、苦しそうだねえ、ユーイチ」

熱がより高くなってきているように思えた。

「お婆ちゃんが治してあげるよ」

カウンター向こうにいるのは、お婆ちゃん薬剤師であった。

「え?!」

どこかで見たことのある顔であった。

「(飯田蝶子!?)」

そう、おばあちゃん薬剤師は、飯田蝶子に酷似していた。ただ、唇だけは、飯田蝶子と違い、やけに赤く塗られていた。

「アンタが子どもの頃はさあ、熱を出すと、アタシの柔肌に包んでずっと抱きしめてあげたもんだよお」

飯田蝶子は、いや、飯田蝶子に酷似したおばあちゃん薬剤師は、さらに強くビーエル・トンミー氏の手を握りしめ、頬ずりをしてきた。


(続く)



2020年3月23日月曜日

うつり病に導かれ[その53]






「…ああ…『エヴァPay』、使えますか?」

熱に浮かされながらも、ビエール・トンミー氏は、『ギャランドゥ・クリニック』の受付で、スマフォ決済を口にした。昨年(2019年)10月以来、ポイント集めに必死となっているのだ。

「は?『エヴァPay』?なんですか。それ?使えません」

と、あっさりと否定され、現金で支払を済ませ、処方箋を手に、ふらつきながら『ヘイゾー・クリニック』を出た。

「ふうう…」

第二診察室にいた間は、沢口靖子、いや、沢口靖子に酷似したドクトル・マリコのお陰で『元気』になっていたが、病から恢復した訳ではないのだ。

「(ここか…)」

薬局は、『ヘイゾー・クリニック』と同じ医療ビルの中にあった。

「(『タノ9』?変った名前だ。どう読むんだ?…)」

『タノ9薬局』が、その薬局の名前であった。

「少々お待ち下さい」

受付に処方箋を渡し、椅子に座り、眼を閉じ、待つ。

……と、

「『肉感的な』子は、ねえ」

再び、友人のエヴァンジェリスト少年の声が聞こえてきた。

「バレーボール部のエースだったんだ」




広島市の『被服廠』であった(正式には『被服支廠』らしいが、当時、地元では被服廠』と呼んでいた)の横の道路である。

「ブルマから出た太ももの張りがねえ…」

と、友人は、歩みを止め、鞄を持たぬ右手を股間に当て、

「んぐっ!」

と喉を鳴らした。




「ふうん、そうなんだ」

と、ちゃんと返事はしたのは、エヴァンジェリスト少年が唯一人の友人であったからだ。

「(そうだ。今もそうだが、ボクには友人は殆どいない。アイツだけが友人だ。だから、毎日、牛田からわざわざ青バス(広電バス)に乗って、中国自動車学校前まで行き、翠町中学の東側の道を北上し、翠町のアイツのウチまで行き、一緒に皆実高校まで通学するようにしたのだ、あの頃は…….ん?)」

目を閉じたまま、ビエール・トンミー氏は、首を捻った。

「トンミーさん!」

と、名前を呼ばれ、重い瞼を上げたビエール・トンミー氏は、自分が薬局にいることを思い出した。

「はい…」

と弱った声で返事し、ふらつきの残る体を起き上がらせ、半透明のパーティションで仕切られたカウンターの一つに向った。

「えっ!」

眼も虚ろなまま、カウンターに肘をついたビエール・トンミー氏は、思わず声を上げた。


(続く)




2020年3月22日日曜日

うつり病に導かれ[その52]






「ドクトル!次の患者さんがお待ちですぞ」

看護師ドモンが、苛立ちの声でドクトル・マリコと老患者の間に割って入った。

「あら、失礼、私って!ふふ」

両手を頬に当てたドクトル・マリコは、眼で老患者に微笑みかけた。

「(んぐっ!)」

ビエール・トンミー氏は、股間に手を当てた。

「(スケベ爺めが!)」

看護師ドモンが両眉を釣り上げて、老患者の股間に視線を当てていた。

「トンミーさん、肺炎ではないようですから、お薬をお出ししておきますね」

女医の声にいつも医師としてものとは違うものが混じっていることに看護師ドモンは、気付く。

「(ドクトル!)」

電子カルテに入力するドクトル・マリコの指も軽やかであった。

「お薬をお飲み頂いても、高熱が続くようでしたら、またお越し下さい」
「はい!」

ビエール・トンミー氏は、病人らしからぬ元気さで答えた。

「でも、トンミーさんは元々、ギャランドゥ・クリニックでしたかしら?」
「(そうだ!お前なんか、もうウチに来なくていい!)」

看護師ドモンは、『へ』の字の口の中で、そう叫んだ。

「いえ、また診て下さい!」

ビエール・トンミー氏は、股間に両手を当てたままだ。

「では、是非また!うふん、広島の話もお聞きしたいわ」

と、ドクトル・マリコが言い終える前に、

「はーい!診察は終了!」

と、看護師ドモンは、老患者の脇を抱え、刑事が犯人を連行するように診察室の出口まで連れて行った。



(続く)




2020年3月21日土曜日

うつり病に導かれ[その51]






「祖父に連れられて参りましたの」

ドクトル・マリコは、子どもの頃、祖父の入り広島に行き、祖父に広島皆実高校辺りに連れて行ってもらったことを語り始めた。診察室はもう、ドクトル・マリコと老患者とだけの空間となっているかのようであった。

「正門までのアプローチが随分、長かったことを覚えてますわ」

ドクトル・マリコの吐いた息が、老患者を顔を包んだ。

「(んぐっ!)」

ビエール・トンミー氏は、両足を窄めた。

「祖父は、グラウンドを指して、『ここはサッカーの公認グラウンドだから、皆実高校には野球部はないんだ』と教えてくれましたわ」


ビエール・トンミー氏は、

「(そうかあ、元は『県女』(広島県立広島高等女学校)だったから野球部がないのかと思っていた)」

と思ったが、

「ええ、そうなんです」

と答えた。

「それから『被服廠』も見に参りましたの」
「え!あの煉瓦の、あの爆風で鉄の扉が…」
「ええ、そうですわ。『被服廠』の西側のドブ川沿いの道を歩きましたの」
「え!え!ええ!」
「あら、どう致しましたの?」
「わ、私、その道を通学していました!」
「あら、牛田から?」
「あ!?OK牧場大学に入ることになる友人が翠町に住んでいたので、一旦、彼の家に寄ってから登校したんです」
「あ!そう云えば…」

ドクトル・マリコは、何かを思い出すように上目遣いになった。

「確か…『被服廠』の横の道を高校生が2人、とても素敵なお兄様が2人…」

と云いかけた時であった。


(続く)