(うつり病に導かれ[その75]の続き)
「アータ、何よ!何が無理だったの?!」
妻は、頬を膨らませ、怒りをその顔に分かり易く見せていた。風邪をこじらせ、ベッドに寝込むビエール・トンミー氏に覆い被さるようにしていた。
「『被服廠』 だよ」
ビエール・トンミー氏は、冷静さを取り戻していた。
「え?『ヒフクショー』?」
妻は、小首を傾げる。
「(ああ、可愛い!んぐっ!)」
妻の仕草に思わず、『反応』する。
「何?『ヒフクショー』って?」
「広島だよ」
ビエール・トンミー氏は、妻を凝視める。
「広島に行った時、寄っただろう?皆実高校の近くにある煉瓦造りの古い建物だよ」
「ああ、あの鉄の扉が歪んでた?」
「そうだ、あれが、『被服廠』 だ。あの『被服廠』を解体しようというスカタンどもがいるのんだ!」
iPadには、『被服廠』解体のニュース画面が映し出されていた。お部屋ジャンプでテレビを見る為のディスプレイには、『被服廠』解体を取り上げたドキュメンタリー番組が停止状態になっていた。
「ええ!どうして?」
「知らん!スカタンどもの考えることは分からん!」
「で、『もう無理だあ!』って、何?」
「ああ、スカタンどもの考えることを理解するのは、『もう無理だあ!』だ」
「そうだったのね!」
「けしからん!」
誤魔化している内に、本当に腹が立ってきた。いや、元々、怒っていたのだ。
「(そうだ…何が現実で、どこまでが夢だったのか分からないが、ボクは怒っていたのだ)」
ビエール・トンミー氏の顔から、普段の好々爺の表情が消えていた。
(続く)
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