2020年4月17日金曜日

うつり病に導かれ[その76]






「アータ、何よ!何が無理だったの?!」

妻は、頬を膨らませ、怒りをその顔に分かり易く見せていた。風邪をこじらせ、ベッドに寝込むビエール・トンミー氏に覆い被さるようにしていた。

「『被服廠』 だよ」

ビエール・トンミー氏は、冷静さを取り戻していた。

「え?『ヒフクショー』?」

妻は、小首を傾げる。

「(ああ、可愛い!んぐっ!)」

妻の仕草に思わず、『反応』する。

何?『ヒフクショー』って?」
「広島だよ」

ビエール・トンミー氏は、妻を凝視める。

「広島に行った時、寄っただろう?皆実高校の近くにある煉瓦造りの古い建物だよ」
「ああ、あの鉄の扉が歪んでた?」
「そうだ、あれが、『被服廠』 だ。あの『被服廠』を解体しようというスカタンどもがいるのんだ!」

iPadには、『被服廠』解体のニュース画面が映し出されていた。お部屋ジャンプでテレビを見る為のディスプレイには、『被服廠』解体を取り上げたドキュメンタリー番組が停止状態になっていた。

「ええ!どうして?」
「知らん!スカタンどもの考えることは分からん!」
「で、『もう無理だあ!』って、何?」
「ああ、スカタンどもの考えることを理解するのは、『もう無理だあ!』だ」
「そうだったのね!」
「けしからん!」

誤魔化している内に、本当に腹が立ってきた。いや、元々、怒っていたのだ。



「(そうだ…何が現実で、どこまでが夢だったのか分からないが、ボクは怒っていたのだ)」

ビエール・トンミー氏の顔から、普段の好々爺の表情が消えていた。


(続く)


0 件のコメント:

コメントを投稿