「くだらん!」
吐き捨てるような夫の言葉に、マダム・トンミーは、一瞬、足を止めた。
「全くもってくだらん!」
夫は、リビングルームで、ソファに座り、テレビでニュースを見ている。
「どうしたの?紅茶を入れたわ」
マダム・トンミーは、紅茶のポットとカップ&ソーサーを載せたトレイをリビングルームのテーブルに置いた。
「ああ、有難う」
マダム・トンミーは、ポットの紅茶をティー・カップに注ぐ。
「うーん、紅茶は、やっぱりフォートナム・メイソンだな」
Fortnum & Mason(フォートナム&メイソン)のロイヤルブレンドだ。ティー・ポットとティー・カップは、ROYAL ALBERT(ロイヤルアルバート)の ポルカ・ブルーだ。いずれも高級ブランドだ。その良さが本当にわかっているかどうかは怪しいが、夫は、何事も形から入るのだ。
「増えたのだの、減ったのだの、その数字に何の意味があるというのだ!」
紅茶を一口啜ると、夫は、まだ怒り出した。
「どうしたの?」
夫の横に座ったマダム・トンミーは、テレビに向って怒っている夫の横顔を見る。
「(少し老けたけど、でも、素敵だわ)」
夫に初めて会った時のことを思い出す。マダム・トンミーは、夫と同じ会社のマーケティング部にいたが、使っていたシステムの具合がおかしく、システム部から夫が確認に来てくれたのだった。
「(あの時、真剣なアータの横顔に、胸がキュンとしたの)」
夫は、マダム・トンミーの横に座り、PCの画面を凝視し、キーボードをカタカタと鳴らしていたのだ。
「発表された感染者数が増えても減っても、本当に増えたのか、減ったのか分らんぞ!」
夫は、『新型コロナウイルス』の状況を伝えるニュースを見ているのだ。
「そもそも母数が明確になっていないんだ。検査数が明らかではないのに、増えたも減ったもないぞ!」
夫の口から唾が飛び、テーブルの上の紅茶の入ったカップに入った。
「陽性の数は、検査数が増えれば増えるだろうし、減れば減るだろうよ。しかも、感染の疑いがあれば即、検査され、陽性、陰性が分かるインフルエンザと違って、なかなか検査もしてもらえないんだから、発表される感染者数は、その日、もしくはその日と余り変らない時期に感染した人の数ではなく、あくまでその日に感染が判明した人の数に過ぎないんだ」
一息ついた夫は、また紅茶を啜った。
「他の国と比べて、感染者数が少ない、ということも、あてにはならん!検査数が、他の国より圧倒的に少ないようだからな」
(続く)
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