2020年4月18日土曜日

うつり病に導かれ[その77=最終回]






ボクは、『広島人』だ。広島生れではないし、戦後生れだが、『ヒロシマ』が受けたものを知っている。それを感じた思春期を広島で過ごしたのだ」

妻に凝視められていることにも気付かなかった。風邪で寝込んでいたベッドに寝たまま、ビエール・トンミー氏の体は、風邪ではなく怒りに震えた。

「いや、それは広島だけのことではないのだ。日本だけのことでもないのだ。『記憶』は、世界中が留めるべきなのだ。『被服廠』解体自体を問題だと思っているのではない。『被服廠』を解体しようと思っている連中が問題なのだ。彼らには、『記憶』することの意味が解っていないのだろう。そのことをボクは危ぶみ、怒る!」

ビエール・トンミー氏は、奥歯を噛み締め、両の口の端を横にグッと引いた。



「アータ、そうだったのね!」

妻の眼が、恋する女の眼差しとなっていた。

「アータって、風邪で寝込んでいても、世の中のことを考えていらしたのね!素敵だわ。ええ、ステキ、ステキ、ステキ!」

妻の口が、夫の口を塞いだ。

「んぐっ!」

夫は、驚き眼を見開いた。

「アータ、アタシもここに一緒に寝るわ!」

妻は、夫のベッドに身を入れてきた。

「え!おい、おい、伝染るぞ。風邪が伝染るぞ」
「いいの!いいの、いいのよ!アタシも風邪をひきたいの!アータと一緒の風邪をひきたいの!」

と云うと、妻は夫を抱きしめた。

「んぐっ!んぐっ!んぐっ!」

夫も堪らず、妻を抱きしめ返した。

「ああ、アータ!」

2020年1月前半、まだ、新型コロナウイルスの猛威を強く感じる前のことであった。


(おしまい)



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