「おおおおお!貴方ともあろう方が、そんなことを!」
FaceTimeオーディオの向こうでは、特派員が、呆れた表情で頭を左右に降っている様子が窺えた。ビエール・トンミー氏が、友人のエヴァンジェリスト氏の動向を探らせる為に派遣した特派員である。
「へ?」
ビエール・トンミー氏は、妻も他の誰もいない部屋のベッドに寝そべったまま、赤面した。友人のスーパーでの仕事について、『新型コロナ』の影響で『スーパーは大儲けだろう』と云ってしまったことの何がまずかったのかは分からなかったが、なんだか恥ずかしかったのだ。
「あの方は、シルバー人材センター経由で時給で働いているんですよ!スーパーが幾ら儲かろうと時給は変わりません!」
「うっ…」
「それに、お客様が殺到し、大忙しで大変、という訳ではないんですよ!」
「仕事があるだけまだいいではないか。世の中、休業しないといけない店、仕事をなくしてしまう人もいるのだぞ」
「ああ、あの方も、『仕事があるだけいい』とは云っています」
「ああ、そうだろう。さすが、OK牧場大学大学院フランス文学専攻修士だけのことはある」
「ああ、情けない!あの方は、命を懸けているんですう!」
「へ、命?大袈裟だなあ」
「今、スーパーは、新型コロナウイルスの感染リスクの高いところなんですよ」
「ああ、レジの人たちも大変らしいなあ。テレビでやってた」
「レジの人たちもリスクにさらされていますが、お客様との間にビニール・シートを下げる等の措置が取られています。レジに並ぶ列も、ソーシャル・ディスタンスっていうやつでですか、間隔を空けています」
「スーパーもちゃんと対策をとっているな。ウチの近所のスーパーもそうだ」
「しかし、しかし、です!シルバー人材センター経由でスーパーで就業しているあの方たちには、何の措置も取られていないんですよ。カゴやカートにウイルスが付いているかもしれないんです。灯油の給油をする際に、お客様との間にビニール・シートは下げられていません。ペットボトルやトレイのゴミには、洗いもせずに出されているものもあるんですよ!」
「うっ、それはいかんなあ」
「あの方は、『エッセンシャル・ワーカー』なんです」
「ん、なんだ?アイツは、シャンプー作りの職人にでもなったのか?」
「ああ、そう仰ると思いましたよ。恥を知りなさい!」
「いや、分からないんだ、その…『エッセンシャル』なんとかって」
「『エッセンシャル・ワーカー』です!」
「おお、そうか。『エッセンシャル・ワーカー』か。で、それは何だ?」
「今のような外出禁止・外出自粛の時でも、人々の健康や生活を維持する為に外に出て働かないといけない人たちのことです。医療関係の従事者、公共交通機関で働く人、宅配をする人、ゴミを収集する人やそして、スーパーで働く人なんかのことです」
「ふうん、そういうのを今、『エッセンシャル・ワーカー』というのか」
「あの方も『エッセンシャル・ワーカー』の一人で、命を懸けて、カゴやカートの整理、ゴミの整理、灯油の給油をしているんです!」
「うーむ、まあ、ちょっと大袈裟な気はするが、アイツも『エッセンシャル・ワーカー』ではあるのだなあ」
「そう思うのなら行動して下さい!」
「はああ?」
ベッドの上で、ビエール・トンミー氏は、眉を顰めた。
「パートやバイトを含めた全従業員に『特別感謝金』や『支援金』を支給するスーパーもあるようです。海外では、『エッセンシャル・ワーカー』に『ヒーロ-・ボーナス』を支給するところもあるそうです」
「うーむ、確かに医療関係従事者の人たちには、大きな負担をおかけしているものなあ」
「それはそうですが、貴方、ひょっとして医療関係従事者に比べて、あの方のようなスーパーでカゴやカートの整理等をしている人を軽く見ていませんか?」
「い、いや、そんなことはないぞ」
「一口に『医療関係従事者』と云っても、色々な仕事をされている方がいるので単純な比較はできませんが、スーパーで働くあの方たちは時給1000円程度で命を懸けているのですぞ。しかも、『新型コロナ』に感染すると重症化し易いと云われている高齢者なんです。いいのですか!?あの方たちを、今のただまま働かせて」
「では、仕事を辞めてもらえばいいではないか」
「おお、貴方ともあろう方が!ああ、情けない、情けない!あの方たちがいないとスーパーは機能しないのです。人々は、食料を手にできないのです。だから『エッセンシャル・ワーカー』なんです!」
「すまん、すまん。ああ、確かにエヴァの奴、アイツも『エッセンシャル・ワーカー』だ。一応、尊敬しておいてやろう」
「尊敬なんて不要です。それより『金』です。あの方たちに『危険手当』でもなんでも名前なんかどうでもいいので、お金を支給してあげて下さい!」
「おお、確かになあ。…..しかし、ワシは、しがない年金生活者だ。外出は『不要不急』のものしかない惚けた老人だ」
「しかし、あの方は、貴方の会社『オフィス・トンミー』にも所属しているでしょう?」
「それはそうだが……」
「『オフィス・トンミー』は、あの方が、研修講師や芸能活動をする際のエージェントでしょう?」
「んん?君は、ちょっと詳し過ぎないか?そのことは、ワシとアイツとしか知らないことだ。妻も知らんのだぞ」
「『新型コロナ』で研修講師や芸能活動の仕事も皆無です。そこで、あの方は、『エッセンシャル・ワーカー』として働いているのです。貴方も『オフィス・トンミー』の社長として、あの方に、『危険手当』でも『ヒーロ-・ボーナス』でもいいので、お金を支給してあげて下さい!」
「んんん?なんだか話が変ってきているぞ。とにかくアイツに金を、なんて、なんだか変だぞ。そうか!君は…..いや、お前は!」
「ふふ、ふふ、ふふふふふ!ようやく気付いたか!」
「エヴァ!」
特派員を装ってFaceTimeオーディオをかけてきたのは、他ならぬ友人であった。
「見よ!我の『エッセンシャル・ワーカー』としての晴れ姿を!」
iPhone X の画面に『エッセンシャル・ワーカー』にとなった友人の画像が映った。
「友よ!我らが『エッセンシャル・ワーカー』に、我に、手当』を!」
(おしまい)
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