2020年11月30日月曜日

バスローブの男[その32]



「OEMっていうのは、Original Equipment Manufacturerの略なんです」


マーケティング部の壁際に置かれたパソコンの前で、ビエール・トンミー氏は、『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』に対して、彼女が理解できないことを承知で専門的な説明をしていた。


「オリジナル…エ、エクイ…」


マダム・トンミーは、たどたどしく、ビエール・トンミー氏の言葉をなぞろうとしたが、途中で小首を傾げ、それ以上、」言葉が続かなかった。


「(んぐっ!可愛いい!)」


ビエール・トンミー氏は、その場で、『マーケティング部の華』であり『原宿のマドンナ』である眼の前の女性を抱きしめたかったが、その衝動をなんとか抑え、説明を続けた。


「このOEMは、他社のブランドの製品を製造する企業のことなんです」


彼自身が開発したマーケティングのシステムの操作説明を『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』にしなくてはいけなかったのだが、操作説明の前提としてシステム環境の説明をする内に、彼女の混乱ぶりが愛おしく、サディスティックな本能が鎌首をもたげてきたのだ。



「他社の製品を…?」


マダム・トンミーの方も、彼女が理解できないこと専門的な説明を受けることに、体の芯が疼くような、そう、マゾヒスティックな快感を覚えていた。


「OEMは、Original Equipment Manufacturingとしてもいいので、他社のブランドの製品そのもののでもあるんです」


2人の間には暗黙の諒解が生じ、阿吽の呼吸で、責めてみせ、責められてみせていたが…..


(続く)




2020年11月29日日曜日

バスローブの男[その31]

 


「パナファコムは、今は『PFU』という会社になっています」


ビエール・トンミー氏は、彼自身が開発したマーケティングのシステムの操作説明を『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』にしようとしていたが、操作説明の前に、システム環境の説明をしていた。


「パナファコムは、ユーザック電子工業と合併したんです。そこで、『Panasonic』の『P』と『FACOM』の『F』、そして、『USAC』の『U』をとって、『PFU』なんです」


ビエール・トンミー氏は、今や確信犯となっていた。


「ピー…エフ…ユー…ですか…」


マダム・トンミーも、今や確信被害者となっていた。


「FACOM 9450を実際に製造するのが、『パナファコム』、今の『PFU』で、そこから富士通にOEM提供されてきたんです」


ビエール・トンミー氏は、自分の説明を『原宿のマドンナ』に理解してもらおうとはしていなかった。いや、むしろ、敢えて理解できないであろうことを説明していた。システムの操作の為には理解する必要もないことを持ち出して説明していた。


「オー…イー…エムっていうんですか?」


マダム・トンミーも、『原宿のアラン・ドロン』の言葉をなぞったが、理解しようとはしていなかった。いや、むしろ、理解できない説明を受けることに『悦び』を感じていた。


「(トンミーさんって、凄い!私って、バカ、おバカさんだわ)」


マダム・トンミーは、決してバカではなく、知性と美貌を兼ね備えた女性で、もう少し後の時代であったら、『原宿のシャラポワ』とも呼ばれたであろう存在であったが、ビエール・トンミー氏の前では、何も知らないおバカさんになっていたかったのだ。




(続く)



2020年11月28日土曜日

バスローブの男[その30]

 


「ああ、ボクの説明、分かりにくいですよね。本当にごめんなさい」


と云いながらも、ビエール・トンミー氏の左眼の端に、微かに光が走った。ビエール・トンミー氏は、マーケティング部の壁際に置かれたパソコンの前に座る『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』に、彼が開発したマーケティングのシステムの操作説明をしようとしていたのだった。


「(この娘、ボクに…)」


『原宿のアラン・ドロン』と呼ばれるビエール・トンミー氏は、10歳も歳下の『マーケティング部の華』とも『原宿のマドンナ』とも噂されるマダム・トンミーの変化を見逃さなかった。


「(『原宿のマドンナ』でも、ボクの魅力には…ふふ)」


密かにアルカイック・スマイルを浮かべたビエール・トンミー氏は、説明を続けた。操作説明以前のシステム環境の説明をまだ続けた。敢えて続けた。


「FACOM9450は、実は、富士通が造っているのではないんです。造っているのは、パナファコムなんです」

「え?パナファコム…?」


間の抜けた反応をしてしまった、とマダム・トンミーの頬は、薄い頬紅しか塗っていないのに、ピンクが頬骨から放射状に広がった。


「ええ、パナファコムです。パナファコムは、富士通と松下電器の合弁の会社なんです。松下電器だから『パナソニック』の『パナ』、そして、富士通だから『ファコム』、合わせて『パナファコム』なんです。今は、ゆーザック電子工業と合併して、『PFU』という社名になっていますが」

「富士通…松下…ユー….?」


マダム・トンミーは、ますます混乱してきていたが、ビエール・トンミー氏は、構わず説明を続ける。


「FACOM9450は、実はパナファコムが造り、パナファコム自身でもC-180とかC-280、C-380という名前で、FACOM9450と同じパソコンを販売してきているんです。そして、松下電器も、同じパソコンをオペレート7000とかオペレート8000といった名前で販売してきているんです」

「トンミーさんって、本当にお詳しいんですね!すっごく博識ですねえ!」


マダム・トンミーは、両手を胸元で祈るように合わせ、ビエール・トンミー氏を見上げた。彼女の頭の中では、混乱の渦が噴水のように昇華して、『原宿のアラン・ドロン』への憧憬となって降り下りてきていた。



「(んぐっ!可愛い!)」


ビエール・トンミー氏は、思わず『反応』した股間を、手に持っていた資料で隠した。会った時から可愛い、というか、噂通り社内随一の美人と思っていたが、自分に向けられたマダム・トンミーの長い睫毛越しの眼差しに、自身の中に理性を超えた『衝動』を覚えたのだ。


(続く)



2020年11月27日金曜日

バスローブの男[その29]

 


「(んぐっ!)」


マーケティング部の壁際に置かれたパソコンの前に座る『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、遠のきそうになる意識の一方で、体の芯が覚醒した。


「いやあ、すっかり混乱させてしまいましたね。ごめんなさい」


と、謝るビエール・トンミー氏の言葉通り、マダム・トンミーは、混乱していたが、それは、ビエール・トンミー氏の説明から来るものだけではなかった。


「(ああ、何、これ?)」


マダム・トンミーは、また鼻腔を広げた。


「どうかされましたか?」


と、ビエール・トンミー氏は、マダム・トンミーの顔を覗き込むようにした。


「(ああ、臭い!でも…んぐっ!)」


マダム・トンミーは、彼女の体の芯を疼かせるものの正体を認識した。


「(トンミーさんの口…)」


ビエール・トンミー氏の口臭に襲われたのだ。


「(臭いけど…私、納豆…好き)」




マダム・トンミーは、鼻腔を広げたまま、両眼は微睡んだように半開きとなっていた。


(続く)



2020年11月26日木曜日

バスローブの男[その28]

 


「あ、申し訳ありません。メインフレームというのは、ホストコンピューターのことです。大型コンピューターです」


システム開発部のビエール・トンミー氏は、マーケティング部の壁際に置かれたパソコンの前に並んで座る『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』に、彼自身が開発したマーケティングの為のシステムの操作を説明しようとしていた。しかし、


「ああ…」


と、マダム・トンミーは、操作説明の前提としての使用するコンピューターの説明に意識がどこかに飛んでしまいそうになっていた。


「ウチのホストコンピューターは、富士通のM-780なので、ワークステーションも富士通のFACOM9450シリーズなんです」

「ナナハチ…マル?」

「IBMだとワークステーションは、5550です。日立だと、2020ですね」

「ゴーゴーゴー…マル?ニー…マル?ニー…マル?」

「IBMをメインフレームとする場合は、IBM5550、日立ををメインフレームとする場合は、日立2020を端末として使います。で、ウチの場合は、富士通をメインフレームとするので、端末はFACOM9450という訳です」

「タンマツ?」


マダム・トンミーの意識は、ますます遠のいていきそうになった。


「あ、ごめんなさい。パソコンだの、ワークステーションだの、端末だの、色んな言葉を使ってしまって。見方、捉え方によって定義は変りますが、どれもこの9450のことです。いやあ、ボクってダメだなあ」


と、『原宿のアラン・ドロン』は、アラン・ドロンよろしく髪を掻きむしった。





(続く)




2020年11月25日水曜日

バスローブの男[その27]

 


「これは、9450です」


ビエール・トンミー氏が、『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』にそう云った。2人は、マーケティング部の壁際に置かれたパソコンの前に並んで座っていた。ビエール・トンミー氏は、パソコンの説明から始めた。


「キューヨンゴーマル?」


マダム・トンミーが、小首を傾げた。ビエール・トンミー氏が口にした言葉は、彼女にとっては、暗号のような訳の分らないものであった。


「ええ、これはFACOM9450シリーズのパソコンです。というか、ワークステーションです」


ビエール・トンミー氏は、更に謎の言葉を発した。


「ワークステーション?」


パソコンなら、マダム・トンミーも知っていた。パーソナル・コンピューターを省略した言葉だ。


「ああ、パソコンはパソコンなんですがね、メインフレームの端末として機能するので、ワークステーションと呼んだ方がいいかもしれないんです」

「メインフレーム?」


マダム・トンミーの頭の中には、『?』マークが渦巻いていた。





(続く)




2020年11月24日火曜日

バスローブの男[その26]

 


「(んぐっ!)」


『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』の体の芯が、彼女だけを襲った『風』に、再び疼いた。マーケティング部の部長に背後から肩を揉まれた時と同じ疼きだ。


「(違う!)」


今度は、疼きを否定するというよりも、文字通り『違う』ものを感じたのだ。


「(臭くない…)」


マダム・トンミーは、鼻腔を広げ、眼球を左右に振った。そうだった。それは、大人の臭い、いや、大人の男の匂いであったが、臭くはなかった。加齢臭ではなかったのだ。


「トンミー君、君ねえ、彼女に操作を教えてやってくれるかね」


マーケティング部の部長は、マダム・トンミーの席の横に立つトンミーという男性社員にそう頼んだ。マダム・トンミーも立ち上がり、頭を下げた。


「はい、お任せください」


ビエール・トンミー氏は、胸を張り、笑顔をマダム・トンミーに向けた。


「(大人だわ…)」


ビエール・トンミー氏の笑顔には、余裕が感じられた。マダム・トンミーと同年代の(20歳台の)男の子たちからは得られぬ落ち着きと包容力を持つ笑顔である。


「トンミーです。よろしくお願いします」


ビエール・トンミー氏が、マダム・トンミーの眼、というよりも彼女の瞳を覗き込むように、そう云った。


「(アラン・ドロン……やっぱり、『原宿のアラン・ドロン』だわ。んぐっ!)」


『太陽がいっぱい』のアラン・ドロンというよりも『ボルサリーノ』のアラン・ドロンである。マダム・トンミーは、その時はまだ自覚していなかったが、大人の男性が好きなのであった。加齢臭は、嫌であったが…





(続く)



2020年11月23日月曜日

バスローブの男[その25]

 


「まあ!」


マーケティング部の女性社員たちが、部内に吹いてきた一陣の風が来た方に顔を向け、一斉に声を上げた。


「ああ、君かあ」


『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』の肩に両手を置いたまま、マーケティング部の部長が、そう云った。


「失礼します!」


入ってきた『風』は……


『原宿の凶器』!」


女性社員たちが揃って、小声だが叫び声を上げた。


「トンミー君、こっちに来たまえ」


マーケティング部の部長が、手招きし、マダム・トンミーの横に立った。




「(はっ!)」


『風』が、今度は、マダム・トンミーだけを襲った。


「(な、何?)」



(続く)



2020年11月22日日曜日

バスローブの男[その24]

 


「頼んだよ、ね」


と、マーケティング部の部長は、自分の席に座ったまま『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』の背後から、彼女の肩に両手を当て、揉んだ。


「(ええーっ!)」


マダム・トンミーは、全身に鳥肌がたった。比喩ではなく、本当に彼女の全身が羽を剥いた鳥の肌のようになったのだ。


「(嫌だあ!)」




マダム・トンミーの鼻に背中の方から、加齢臭が漂ってきていた。


「(臭いー!......んぐっ!)」


思わず息を止めたが、体の芯が『疼く』のを感じた。しかし、その芯がどこにあるのかは、その頃はまだ分らぬものの、何故か、


「(違う!)」


と、その『疼き』を否定した。


「え?」


その時であった。そこに、まさに一陣の風が、吹いた。



(続く)




2020年11月21日土曜日

バスローブの男[その23]

 


「(トンミーさんって、やっぱりプロレスをなさるんだわ!)」


『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、社内のエレベータホールにいる赤面している同僚のトシ代の横で、彼女とは別の意味で興奮していた。トシ代は、ビエール・トンミー氏が『原宿の凶器』であると聞き、その意味を知るトシ代は興奮を隠せないでいたのだが…一方、マダム・トンミーは、


「(『お局様』とだけでなく、私とも一戦を交えて欲しい!)」


と、ビエール・トンミー氏が彼女をヘッドロックに捉え、レフェリーの眼を盗んで凶器で(多分、ボールペンだ)彼女の額を突く姿を想像し、余りの興奮にお漏らしをしそうになった。




「うっ…」


マダム・トンミーは、両脚をX字に閉じ、なんとかエレベーターホールの床を濡らさずに済ませた。そして、『凶器』で血塗られたように感じる額に手を当て、


「ああ…」


と、呻き声とも喜悦の息とも捉えることのできる音を発したマダム・トンミーの『一戦を交えたい』という願望は、遠からず叶えられることになったのだった………


「君が操作を覚えてくれるかね」


ビエール・トンミー氏が『原宿の凶器』であると聞いてから数日後のこと、マダム・トンミーは、彼女が所属するマーケティング部の部長から、そう指示された。


「システム開発部が説明してくれるから」


システム開発部にマーケティングの為のシステムを開発してもらっていたのが、完成したのだ。



(続く)



2020年11月20日金曜日

バスローブの男[その22]

 


「そう、原宿のリチャード・ギアだわ」


社内のエレベータホールに来た経理の女性社員の内、女性社員の憧れの男性社員であるビエール・トンミー氏のことを、アラン・ドロンよりもっとダンディだ、と称した女性社員が、当時の人気ハリウッド俳優の名前を出した。


「ええ、ダンディよね、トンミーさんって。でも…」


もう一人の女性社員が、エレベータホールに他の女性社員が2人いることに気付き、声をひそめて言葉を続けた。




『原宿の凶器』とも云われてるのよ」


しかし、声をひそめたその言葉は、エレベータホールに他の女性社員達の耳に届いた。


「(え?!『凶器』)」


『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』の耳は、『凶器』という言葉を逃さなかった。


「トンミーさんの相手をしたことのある女性が、云ってたの。トンミーさんって、『原宿の凶器』で、壊されそうだったって」


ビエール・トンミー氏のことを『原宿の凶器』と噂する女性社員が、証言を続けた。


「んぐっ!」


マダム・トンミーと共に、ビエール・トンミー氏の噂を耳にしたトシ代は、体の芯が疼くのを感じた。トシ代は、『原宿の凶器』の意味を理解したからであった。しかし、マダム・トンミーは……



(続く)




2020年11月19日木曜日

バスローブの男[その21]

 


「そう、プロレスって、『猪木さんのプロレス』は、勿論、八百長ではないし、かと云って、単純な格闘技でもないのよ。『虚』と『実』とが入り混じった深淵な、独自のジャンルのものなのよ!」


『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、そこが社内のエレベーター・ホールであるにも拘らず、そして、彼女は、良家の子弟ばかりの社員の中でも特段のお嬢様社員であるにも拘らず、同僚のトシ代を前にして、声も大きく、ピンクの口紅の口から唾を飛ばして熱弁をふるっていた。


「選手同士の本気のいがみ合いをリングに上げるのよ。だから、そのリングには、『戦い』があるの。でも、プロレスだから、『殺し合い』はしないの!」


その時、トシ代は、マダム・トンミーが飛ばした唾がついた自分の手の甲を自分の口に持っていき、舐めた。


「(んぐっ!)」


トシ代は、自分の躰の中の衝動を抑え難く、身をマダム・トンミーに近づけ、自らの唇を尖らせ、マダム・トンミーのピンクの唇を目指そうとした、その時…




「原宿のアラン・ドロンだわ」


と云う女性の声が背後から聞こえ、トシ代は、前のめりになっていた体を声のする方に振り向かせた。


「あなた、アラン・ドロンは古いわ。確かにハンサムだけど、アラン・ドロンよりもっとダンディだわ、トンミーさんって」


社内のエレベータホールに来たのは、経理の女性社員2人であった。



(続く)




2020年11月18日水曜日

バスローブの男[その20]

 


「『猪木さんの新日本プロレス』もね、プロレスはプロレスだから、暗黙の諒解なところはあるけど、その暗黙の諒解を破りもするの」


と、同僚のトシ代に云う『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、プロレスの話になると夢中で、そこが社内のエレベーター・ホールであることも忘れていた。


「長州が、藤波に『俺はお前のかませ犬じゃない!』と云ったのだって、『ブック』じゃないの」




マダム・トンミーは、プロレスの専門語というか、プロレス界の隠語を使ったが、そんなものがトシ代に分かろうはずもない。


「え?チャーシュー?犬に、人並みにはチャーシューをやらない??」


トシ代は、コブラツイストで痛めた腰に手を当てたまま、首を捻ったが、マダム・トンミーは、構わず、自分の云いたいことを続ける。


「プロレスってねえ、『虚』よ。ええ、『虚』ではあるの。でもね、プロレスは、『猪木さんのプロレス』は、『実』でもあるの」


トシ代には、マダム・トンミーの言葉が頭に入ってこず、


「(んぐっ!)」


コブラツイストをかけられていた時に当ったマダム・トンミーのあの『柔らかさ』を背中に思い出し、躰のどこかに『異変」が生じていた。



(続く)



2020年11月17日火曜日

バスローブの男[その19]

 


「カモーン!カモーン!」


『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、そこが社内のエレベーター・ホールであることも忘れ、コブラツイストで同僚のトシ代の躰を締め上げる。


「カモーン、ギブアップ!?」


マダム・トンミーの顎は、アントニオ猪木ばりに前に突き出していた。




「ま、参ったわ….うっ」


トシ代は、なんとか声を出した。プロレスの詳しくないトシ代は、『ギブアップ』とは云わなかった、云えなかった。


「ふうう…」


マダム・トンミーは、息を吐き、自身の躰から力を抜き、トシ代の躰を解放した。


「分ったでしょ?これがプロレスよ」

「うう…っ」


トシ代は、腰に手を当て、体を斜め後ろに反り返していた。


「いいこと、プロレスは、観客を楽しませるという意味では、ええ、ショーよ。でも、八百長ではないわ。殺し合いではないから、相手の躰を壊すことはないように力を加減はするけど、ただ約束事の通り、技をかけあってるのではないの。学生プロレスとは違うのよ!少なくとも、猪木さんの新日本プロレスはそうよ」


当時の新日本プロレスは、マダム・トンミーの云う通り、『猪木さんの新日本プロレス』であった。それから20年、30年経つと、新日本プロレスは、アントニオ猪木の手を離れ、経営だけではなく、プロレスのあり方としても、『猪木さんの新日本プロレス』ではなくなることをマダム・トンミーは知らなかった。



(続く)



2020年11月16日月曜日

バスローブの男[その18]

 


「カモーン、ギブアップ!?」


『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、社内のエレベーター・ホールで、自らの躰を、手を脚を使って、蔓のように同僚のトシ代の躰に巻きつけ、トシ代の躰を締め付けていた。そう。マダム・トンミーは、トシ代にコブラツイストをかけていたのだ。


「うっ!」


トシ代は、声を上げたかったが、呻き声しか出なかった。




「カモーン!カモーン!」


更に捻りあげる。


「うっ、うっ!」


トシ代は、躰だけではなく、顔も歪む。しかし、歪んだ顔の皮の下に、一瞬、喜悦の表情が浮かんだ。


「カモーン、ギブアップ!?」


渾身の力で、しかし、最後の一線を超えない、プロレス的な力でトシ代をコブラツイストで締め上げる。


「(い、痛い!...でも、気持ちいい!)」


トシ代は、マダム・トンミーに締め付けられ、声も出ない程の痛みを感じていたことは確かであったが、絡みついているマダム・トンミーの躰のある部分が背中にあたっていた。


「(んぐつ!)」


マダム・トンミーの躰の柔らかな2つの『山』の幸せな圧迫を感じていたのだ。



(続く)





2020年11月15日日曜日

バスローブの男[その17]

 


「トシ代さん、プロレスのことをなんだと思ってらっしゃるの!?」


『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、そこが社内のエレベーター・ホールであることも忘れ、お嬢様社員とは思えぬ大声で、同僚のトシ代を批難した。


「な、何をムキになってるの?だってえ…」


トシ代は、マだム・トンミーの剣幕に後ずさりしながらも反論した。


「プロレスって、ショーでしょ。みんな、そう云ってるわ」

「少年隊や光GENJIのコンサートだってショーでしょ。人を楽しませのるがショーなら、ええ、プロレスは、ショーよ。そのことで、プロレスが馬鹿にされるの?!」

「でも、お芝居なんでしょ?痛めつけるのも、やられて痛がるのも本当じゃなくって、お芝居なんだわ」

「まあああ!じゃあ、コブラツイストかけましょうか!」

「いらないわ!コブラだか、アダブラカダブラだか知らないけど、興味ないし、どうせ態とかけられてあげないと、そんなのかけられないんでしょ」




「まああ!」


と、叫ぶと、マダム・トンミーは、トシ代の体に巻きついていった。



(続く)




2020年11月14日土曜日

バスローブの男[その16]

 


「ええ?ええ?ええ?『タイイ』?」あ、『痛い』かって?ええ、そりゃ痛いわよ、プロレスですもの」


社内のエレベーター・ホールで、『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、同僚のトシ代から聞いた恥ずかしい言葉をそうとは知らず、口にした、


「プロレス?」


トシ代は、プロレスを知らなくはなかったが、そこでマダム・トンミーからその言葉を聞くことを想定はしておらず、首を傾げはしたものの、


「ああ、アレのことをプロレスって云ってるのね。確かに、アレのことをプロレスって云うこともあるわよね。前のカレに、アレする時、『おい、プロレスするぞ!』って襲いかかられたことあったわ」

「あら、トシ代さんもプロレスなさるの?」

「違うわよ。アレのことをプロレスって云っただけ。アレは、プロレスと違って真剣勝負よ」




「え?どういうこと?プロレスと違って、って?」

「だって、プロレスって八百長でしょ?アレは、八百長ではないもの」

「まああー!」

「あら、どうしたの?」



(続く)