「ああ、ボクの説明、分かりにくいですよね。本当にごめんなさい」
と云いながらも、ビエール・トンミー氏の左眼の端に、微かに光が走った。ビエール・トンミー氏は、マーケティング部の壁際に置かれたパソコンの前に座る『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』に、彼が開発したマーケティングのシステムの操作説明をしようとしていたのだった。
「(この娘、ボクに…)」
『原宿のアラン・ドロン』と呼ばれるビエール・トンミー氏は、10歳も歳下の『マーケティング部の華』とも『原宿のマドンナ』とも噂されるマダム・トンミーの変化を見逃さなかった。
「(『原宿のマドンナ』でも、ボクの魅力には…ふふ)」
密かにアルカイック・スマイルを浮かべたビエール・トンミー氏は、説明を続けた。操作説明以前のシステム環境の説明をまだ続けた。敢えて続けた。
「FACOM9450は、実は、富士通が造っているのではないんです。造っているのは、パナファコムなんです」
「え?パナファコム…?」
間の抜けた反応をしてしまった、とマダム・トンミーの頬は、薄い頬紅しか塗っていないのに、ピンクが頬骨から放射状に広がった。
「ええ、パナファコムです。パナファコムは、富士通と松下電器の合弁の会社なんです。松下電器だから『パナソニック』の『パナ』、そして、富士通だから『ファコム』、合わせて『パナファコム』なんです。今は、ゆーザック電子工業と合併して、『PFU』という社名になっていますが」
「富士通…松下…ユー….?」
マダム・トンミーは、ますます混乱してきていたが、ビエール・トンミー氏は、構わず説明を続ける。
「FACOM9450は、実はパナファコムが造り、パナファコム自身でもC-180とかC-280、C-380という名前で、FACOM9450と同じパソコンを販売してきているんです。そして、松下電器も、同じパソコンをオペレート7000とかオペレート8000といった名前で販売してきているんです」
「トンミーさんって、本当にお詳しいんですね!すっごく博識ですねえ!」
マダム・トンミーは、両手を胸元で祈るように合わせ、ビエール・トンミー氏を見上げた。彼女の頭の中では、混乱の渦が噴水のように昇華して、『原宿のアラン・ドロン』への憧憬となって降り下りてきていた。
「(んぐっ!可愛い!)」
ビエール・トンミー氏は、思わず『反応』した股間を、手に持っていた資料で隠した。会った時から可愛い、というか、噂通り社内随一の美人と思っていたが、自分に向けられたマダム・トンミーの長い睫毛越しの眼差しに、自身の中に理性を超えた『衝動』を覚えたのだ。
(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿