「(んぐっ!)」
『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』の体の芯が、彼女だけを襲った『風』に、再び疼いた。マーケティング部の部長に背後から肩を揉まれた時と同じ疼きだ。
「(違う!)」
今度は、疼きを否定するというよりも、文字通り『違う』ものを感じたのだ。
「(臭くない…)」
マダム・トンミーは、鼻腔を広げ、眼球を左右に振った。そうだった。それは、大人の臭い、いや、大人の男の匂いであったが、臭くはなかった。加齢臭ではなかったのだ。
「トンミー君、君ねえ、彼女に操作を教えてやってくれるかね」
マーケティング部の部長は、マダム・トンミーの席の横に立つトンミーという男性社員にそう頼んだ。マダム・トンミーも立ち上がり、頭を下げた。
「はい、お任せください」
ビエール・トンミー氏は、胸を張り、笑顔をマダム・トンミーに向けた。
「(大人だわ…)」
ビエール・トンミー氏の笑顔には、余裕が感じられた。マダム・トンミーと同年代の(20歳台の)男の子たちからは得られぬ落ち着きと包容力を持つ笑顔である。
「トンミーです。よろしくお願いします」
ビエール・トンミー氏が、マダム・トンミーの眼、というよりも彼女の瞳を覗き込むように、そう云った。
「(アラン・ドロン……やっぱり、『原宿のアラン・ドロン』だわ。んぐっ!)」
『太陽がいっぱい』のアラン・ドロンというよりも『ボルサリーノ』のアラン・ドロンである。マダム・トンミーは、その時はまだ自覚していなかったが、大人の男性が好きなのであった。加齢臭は、嫌であったが…
(続く)
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