「カモーン!カモーン!」
『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、そこが社内のエレベーター・ホールであることも忘れ、コブラツイストで同僚のトシ代の躰を締め上げる。
「カモーン、ギブアップ!?」
マダム・トンミーの顎は、アントニオ猪木ばりに前に突き出していた。
「ま、参ったわ….うっ」
トシ代は、なんとか声を出した。プロレスの詳しくないトシ代は、『ギブアップ』とは云わなかった、云えなかった。
「ふうう…」
マダム・トンミーは、息を吐き、自身の躰から力を抜き、トシ代の躰を解放した。
「分ったでしょ?これがプロレスよ」
「うう…っ」
トシ代は、腰に手を当て、体を斜め後ろに反り返していた。
「いいこと、プロレスは、観客を楽しませるという意味では、ええ、ショーよ。でも、八百長ではないわ。殺し合いではないから、相手の躰を壊すことはないように力を加減はするけど、ただ約束事の通り、技をかけあってるのではないの。学生プロレスとは違うのよ!少なくとも、猪木さんの新日本プロレスはそうよ」
当時の新日本プロレスは、マダム・トンミーの云う通り、『猪木さんの新日本プロレス』であった。それから20年、30年経つと、新日本プロレスは、アントニオ猪木の手を離れ、経営だけではなく、プロレスのあり方としても、『猪木さんの新日本プロレス』ではなくなることをマダム・トンミーは知らなかった。
(続く)
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