「『猪木さんの新日本プロレス』もね、プロレスはプロレスだから、暗黙の諒解なところはあるけど、その暗黙の諒解を破りもするの」
と、同僚のトシ代に云う『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、プロレスの話になると夢中で、そこが社内のエレベーター・ホールであることも忘れていた。
「長州が、藤波に『俺はお前のかませ犬じゃない!』と云ったのだって、『ブック』じゃないの」
マダム・トンミーは、プロレスの専門語というか、プロレス界の隠語を使ったが、そんなものがトシ代に分かろうはずもない。
「え?チャーシュー?犬に、人並みにはチャーシューをやらない??」
トシ代は、コブラツイストで痛めた腰に手を当てたまま、首を捻ったが、マダム・トンミーは、構わず、自分の云いたいことを続ける。
「プロレスってねえ、『虚』よ。ええ、『虚』ではあるの。でもね、プロレスは、『猪木さんのプロレス』は、『実』でもあるの」
トシ代には、マダム・トンミーの言葉が頭に入ってこず、
「(んぐっ!)」
コブラツイストをかけられていた時に当ったマダム・トンミーのあの『柔らかさ』を背中に思い出し、躰のどこかに『異変」が生じていた。
(続く)
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