<注意>
ビエール・トンミー先生のiMessageによるベンツの『クラス講座』は、ベンツの幾つかの『クラス』に対して、またそのオーナーに対して、辛辣過ぎる評価があるかもしれないが、決して、それらのベンツ、のオーナーを侮辱、差別をするものではない。
西洋美術史としてのビエール・トンミー先生の審美眼と、ハンカチ大学商学部卒の、しかも、SNCFの大家としてのビエール・トンミー先生のビジネス・センスとから、あくまで個人としての評価を述べるものである。
長年のベンツ・オーナーであるビエール・トンミー先生は、総ての『クラス』のベンツとそのオーナーを愛している。ベンツは、『評価』をするに値するクルマなのだ。『評価』をするに値しないモノについては、ビエール・トンミー先生は、言葉一つ吐くことはない。
[宇宙服着てスーパーに行くGクラス(続き6)]
「はああ?淫乱?」
生徒エヴァンジェリスト氏は、またしてもビエール・トンミー先生によるベンツの『Gクラス』の前身の『ゲレンデヴァーゲン』(Geländewagen)の出自に関する説明に対して、iMessageでボケをかましてきた。ビエール・トンミー先生は、『ゲレンデヴァーゲン』(Geländewagen)は、『イラン』用に作られた、と説明したのだ。
「また、わざと聞き間違いかいな。iMessgeで聞き間違いはおかしいで。淫乱やないで、『イラン』や」
「何故、ドイツのベンツ社が、イランの為にクルマを作るんですか?そのようにイランことはしなくてもいいと思いますが」
「くだらんシャレも止めえな。ええか、『ゲレンデヴァーゲン』(Geländewagen)は、一般には、元々は軍用車だったあ、云われとるが、実は、イランのパーレビ国王からの依頼があったいう説もあるんやで」
「は?パリピーなイランの国王の我儘をベンツ社は聞き入れたんですか?」
「それにして、もあんさん強引やなあ。『ゲレンデヴァーゲン』が企画されたんは、1972年やから、その頃にはまだ『パリピー』なんちゅう言葉はなかったで。ええか、パーレビ国王はな、カーマニアで、当時、ダイムラー・ベンツ社の株を18%持っとんたんやて。で、イランの砂漠の国境警備やら王族の狩猟用に四輪駆動車を作ったってええや、云うたらしいんや」
「そうだったんですね。では、どうして、『ゲレンデヴァーゲン』が元々は軍用車だった、なんて云われるようになったんでしょう?」
「おお、ええ質問や。国境警備ちゅう使用もあっただろうし、作られたそのクルマにNATOが、『こりゃ、ええで』と目を付けて軍用車として正式に採用したんや。まあ、そこから、元々は軍用車だった、と云われるようになったんやろな」
「へええ、納豆会社が納豆の運搬用に採用したんですか?」
「もう、あんさんのボケは無視するで。『ゲレンデヴァーゲン』(Geländewagen)は、まさに文字通り『山野を走るクルマ』に相応しく、過酷な環境にも負けない堅牢さを持っているから、NATOも気に入ったんやろう」
「どこがそんなに堅牢なんですか?」
(続く)
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