2022年9月30日金曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その281]

 


「甘い?」


ビエール少年は、頭の中で納豆の味を思い出し、首を捻った。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「まあ、甘いもんをご飯にかけて食べよっての子もおるんよ」

「ほうなん?」

「従兄弟がねえ、はったい粉に砂糖をまぶしたんをご飯にかけて食べる云うとった」

「はったい粉、なんねえ。それえ?」

「はったい粉、知らんのん?ほうじゃねえ、なんか、きな粉みたいなんよ」

「ああ、きな粉じゃったら、おはぎにも使うけえ、きな粉に砂糖つけてご飯にかけても美味しいんかもしれんねえ。ご飯の代りにおはぎ食べるいうか、お菓子食べるみたいなもんかねえ」




「ウチの弟なんか、砂糖をご飯にかけて食べるんよ」

「え?広島の人て、そんなことするの?」


喧しい女子生徒たちの言葉の交差に入り込む余地のなかったビエール少年が、あまりの衝撃に意図せず言葉を発し、交差の中に入った。


「トンミーくんじゃて、甘いもんご飯にかけて食べるんじゃないねえ」

「え?甘いもんご飯にかけて?」

「醤油も混ぜるんじゃろ?」

「いや、納豆に醤油は混ぜるけど…」

「ほうじゃろお。甘い納豆に醤油かけるん、ウチ、聞いたことないけえ」

「え?甘い納豆?」


ビエール少年は知らなかった。当時(1967年である)、広島で『納豆』といえば『甘納豆』のことであったのだ。『甘納豆』ではない『納豆』を食べる習慣はなく、当時の広島の少年少女たちは、その存在を知らなかったのである。


「まあ、お餅も砂糖醤油で食べるけえ、分からんこともないけど」

「でも、ええ…」


なんでもはっきりものを云う少女『トシエ』が、歯に噛み、小声でそう云った。



(続く)




2022年9月29日木曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その280]

 


「ほんまに醤油をかけるん、納豆に?」


あくまでビエール少年の味方である少女『トシエ』も、ビエール少年の言を信じることができず、小声になりながらも、そう訊いた。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「うん。醤油をかけて、かき混ぜるよ」

「嘘じゃあ!」

「ほんまにかき混ぜるん?」

「うん、一所懸命かき混ぜないとね」




「一所懸命かき混ぜるん?」

「ネバネバするようにね」

「ひえ~!納豆をネバネバにするん?」

「それで美味しん?」

「美味しいよ。かき混ぜた後、ご飯にかけて食べるのが好きなんだ」


納豆かけご飯の味を思い出し、ビエール少年は、喉を鳴らした。


「んげえ~!納豆をご飯にかけて食べるん?」

「醤油もついとるんじゃろ、納豆に?」

「勿論、父や母は、からしも付けたりするけど」

「え?ええ?からしも付けるん?」

「もう、甘いんか、しょっぱいんか、辛いんか分らんねえ



(続く)




2022年9月28日水曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その279]

 


「な、な、納豆?」


と云うと、少女『トシエ』は、鳩が納豆鉄砲を食らったような表情で、ビエール少年を凝視めた。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「『バド』、朝ご飯に納豆食べるん?」


少女『トシエ』は、恐々とビエール少年に訊いた。


「ん?食べるけど…」


ビエール少年は、質問の意図を測りかねていた。




「どしたん?」


他の女子生徒が、体を硬直させたままとなっている少女『トシエ』に訊いてきた。


「『バド』が、『バド』がね。朝ご飯に納豆食べちゃってんじゃと」

「ええー!?ほんまねえ?」

「え?朝ご飯に納豆?」

「そりゃ、嘘じゃろう」

「『バド』は嘘つかんよねえ!ねえ、『バド』?」

「ああ、本当だけど…」


ビエール少年は、自分を取り囲む女子生徒たちが、どうして納豆のことでこれだけ騒つくのか理解できない。


「どうやって食べるん?」

「それは、醤油をかけて…」

「ひえーっ!」

「うそー!」

「ゲー!」


女子生徒たちは、一層に騒ついた。



(続く)




2022年9月27日火曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その278]

 


「どうせ、ウチの体は脂肪ばっかりじゃけえ」


と云って、女子生徒は、俯いて自らの体を見た。ビエール少年が、カビが臭いのは、カビが脂肪を分解して『脂肪酸』を作るから、と云った際に、『脂肪酸』を『須藤さん』と聞き間違えをした女子生徒である。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「なんも、そうようなこと云うとらんけえ」


眦を光らせる同級生の膨れっ面に、少女『トシエ』も怯んだ。


「脂肪ばっかりじゃけえ、ウチ、臭いんじゃあ!」

「そうようなことないよね。全然、臭うないし、アンタのこと、ぽちゃっとして可愛いねえ、とウチのお母ちゃんも云うとったけえ」

「おっぱいも大きゅうて羨ましいけえ」

「何、云いよるん!恥ずかしいじゃないねえ」

「ちょっと触ってみてもええ?」

「やめんちゃいやあ」


という女子生徒たちの嬌声の渦の中で、ビエール少年は、ふと話題の女子生徒の胸に目を遣ってしまった。




「『バド』、どこ見とるん!?!!」


少女『トシエ』は、ビエール少年の視線を見逃さなかった。


「え?!あ、いや…」


と、ビエール少年が、少女『トシエ』の詰問に身を少し動かした時、肘が、何か柔らかいものに少し当ったような感触があった。


「(んぐっ!)」


ビエール少年は、動かした肘の先を見ることはできず、体を硬直させたまま、視線だけを自らの股間に落とした。一方、


「(んっ、臭い!)」


と、少女『トシエ』は、一瞬、息を止めたものの、直ぐに息を戻し、むしろ鼻腔を大きく広げ、今感じた臭いを吸い込んで、ビエール少年に訊いた。


「『バド』は、朝ご飯は、パンにチーズなん?」


少女『トシエ』は、あらためてビエール少年から漂う臭いの元について確認しようとしたのであった。


「いや、和食だよ」

「和食?」

「ご飯に、海苔に、それからあ、やっぱり納豆だね」

「ひえっ!?」


少女『トシエ』は、間抜け顔になったことにも気付かず、口を丸く開いたままにした。



(続く)




2022年9月26日月曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その277]

 


「『須藤さん』のおじさんも『巨人』なん?」


と、女子生徒の一人が、『須藤さん』のおじちゃんは臭い、と云った同級生の女子生徒に、そう云った。『巨人』という言葉を口にするのも嫌、と言った表情であった。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「え?」

「ウチ、テレビで見たことあるような気がするんよ。『巨人』に『須藤』いう選手がおったみたいじゃけえ」


確かに、当時(1967年である)、読売ジャイアンツ、つまり、『巨人』には、『須藤豊』という選手がいた。後に、大洋ホエールズの監督をしたり、『巨人』のコーチをすることにもなり人物である。


「『須藤さん』のおじさんは、ウチの隣に住んでっとじゃし、それに、ええ人じゃけえ、『巨人』じゃないよねえ。臭いんは、凄い臭いんじゃけど」

「顔にカビが生えとってじゃけえね」

「あのお…それは、カビじゃなくって、髭じゃないかなあ」


ビエール少年が、自らの顎を撫でるちょっと大人びた仕草をしながら、そう云った。


「え?髭?」

「そう、『長島』もヒゲが濃いから、髭を剃った跡が青く見えるんで…」




「なんねえ、『須藤さん』のおじさんあれは、カビじゃのうて、髭なん?」

「それに、『須藤さん』ではなくって、カビが臭い、っていうのは、さっき云ったように、カビ自体が臭いのじゃなくって、カビが脂肪を分解して脂肪酸なんかを作るからで…」


と、ビエール少年は、ようやく話を完全にではないが、少し元に戻した。


「ほうよねえ。アンタら、いい加減にしんさいや。『バド』は、『須藤さん』じゃのうて、『脂肪酸』云うちゃったんよ!」


あくまでビエール少年の代弁者である少女『トシエ』は、同級生の女子生徒たちを叱った。


「臭いんは、『須藤さん』じゃのうて、『脂肪酸』なんよ、『脂肪』よおね」

「ふん!なんねえ…」


『須藤さん』のおじさんをお隣に持つ女子生徒は、分り易く、不満を頬を膨らませることで表現した。



(続く)




2022年9月25日日曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その276]

 


「ええ!有名な人で、顔にカビが生えとる人おる?」


と、女子生徒の一人が、目を大きく開いたままにして、そう云った。同級生の女子生徒が、『須藤さん』のおじちゃんと同じに顔にカビが生えている有名人がいると云ったからである。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「おるんよ。野球やる人でおるじゃない?」

「野球やる人?」

「ウチ、野球よう知らんのんじゃけど、『ナガシマ』いうん?」

「『ナガシマ』?あ、『巨人』の?」

「おお、そうよね。『巨人』の『ナガシマ』いうんは、顔に、青いような黒いようなカビが生えとるじゃろ?」

「あ、『長島』は、顔にカビが生えているんじゃなくって…」


と、ビエール少年が、女子生徒たちの会話に言葉を挟もうとしたが…


「そういうたら、『ナガシマ』いうたら、口の周り、なんか青黒いわあ」

「ひゃ~あ!アレ、カビなん?」

「『巨人』いうたら悪もんなんじゃろ?」

「ほうよお。お父ちゃんが云うとったよ。『巨人』は、『カープ』に意地悪するんじゃと」

「知っとるよ。ウチのお父ちゃんも云うとった。『巨人』いうたら、審判を買収しとるんじゃと」

「買収いうたら、お金渡して、いうこときかすんじゃろ。『巨人』は、汚いねえ。ウチ、好かん!」




「ほうじゃ。審判いうたら、『ナガシマ』が打つ時にゃあ、『ストライク』でも『ボール』にするんじゃと」

「『ナガシマ』は、悪もんじゃけえ、顔にカビが生えとるんじゃね」


当時(1967年である)、地元球団である『広島カープ』(その年の12月に『広島東洋カープ』に改称)は、万年Bクラスであり(その年に根本睦夫監督の許、初めてAクラス=3位となるのであったが)、広島人にとって『巨人』は悪の権化であり、『長嶋茂雄』も悪役であったのである。



(続く)




2022年9月24日土曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その275]

 


「ウチの隣のおじちゃん、凄う臭いんよ」


と、聞き間違いの得意な女子生徒が、自らの鼻を摘み、顔を顰めながら、そう云った。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「え?」

「トンミーくんも、やっぱりあのおじちゃん、臭い思うたんじゃろ?」

「いや、そのおじさん、知らないけど…」

「さっき、『須藤さん』云うたじゃないねえ」

「へ?『須藤さん』?」

「ほうよねえ。やっぱり、隣の『須藤さん』のおじちゃんのこと、知っとんたんじゃね」

「いや、ボクは『須藤さん』とは…」

「『須藤さん』のおじちゃんは、体にカビが生えちゃったけえ、臭いんかねえ?」




「ええー!体にカビが生えとるん?!」

「ほうなんよ。顔なんよ、カビが生えとるんは」

「ひゃあ~!顔に!?嫌じゃあ!」


女子生徒たちは、興奮していた。


「なんかねえ、口の周りとか顎とかほっぺたなんかに生えとるんよ」

「自分で臭うないんかねえ?」

「臭い思うんよ。鼻の下にも生えとるけえね

「ウチ、そうような人見たことないけえ」

「青いいうか黒いいうか、ほら、有名な人でもおるじゃないねえ」



(続く)




2022年9月23日金曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その274]

 


「うーん、そうだねえ、あれがいい匂いなのかどうかは分らないけど」


と、ビエール少年は、自らの鼻腔を広げ、松茸の匂いを思い出そうとした。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「でも、嫌な臭いではないね。そう、松茸もキノコで、だから『菌類』だけど、毒はないし、匂いだって多分、いいみたいだし、だから、『菌類』の一つのカビだって同じなんだ」

「ええ匂いのカビもあるいうことなんじゃね?」

「カビだって、同じというのは、正確には、毒のないカビもあるってことでね、あのね、カビ自体には臭いはないらしいんだ」

「ほいじゃけど、この間、お母ちゃんが、お兄ちゃんの柔道着、カビ臭うてたまらん、云うとったよ」




「ああ、ウチのお兄ちゃんの柔道着も凄い臭いんよ。お兄ちゃん、柔道着だけじゃのうて、学生服も臭いし、口も臭いけえ」

「カビ臭い、っていうのは、カビが作る物質とか、カビが餌にする物質なんかが、カビによって臭い臭いを出すようになるかららしいんだよ」

「じゃったら、チーズが臭いんは、カビの臭いじゃないん?」

「うん、カビは脂肪を分解して脂肪酸なんかを作るからみたいだよ」

「あれええ、トンミーくんいうたら、ウチの隣のおじちゃんのこと知っとるん?」

「はああ?」



(続く)




2022年9月22日木曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その273]

 


「知っとる、知っとる。ウチ、すき焼きに入れるシイタケ好きじゃけえ」


と、ビエール少年が、キノコも『菌類』だ、と説明したことに反応した女子生徒がいた。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「松茸もキノコじゃろ?」

「ウチ、松茸好かんけど、お父ちゃんは、美味しい云うとるんよ」

「お母ちゃんがねえ、お父ちゃんに、『松茸、そろそろまた食べたいねえ。今晩、お目にかかりたいねえ。うふん』云うとったけえ」




「松茸いうて、『お目にかかる』もんなん?」

「『うふん』いうん、何なん?」

「よう分らんけど、それだけ美味しいいうことなんじゃないん」

「そういうことなん、『バド』?」


と、少女『トシエ』は、ビエール少年に解答を求めてきたが、


「『お目にかかる』?『うふん』???ウチの母は、松茸のことをそんな風に云わないけど…」


と、さすがの博識な少年も、まだ中学に入学して1ヶ月も経ったばかりの『子ども』で、松茸に関する『大人な理由』は知らなかった。


「でも、父も母も松茸は好きだね。とっても値段が高いみたいだけど、香りがいいって」

「松茸はええ匂いなんじゃね?」


どこまでも『臭い(匂い)』拘る少女『トシエ』である。



(続く)




2022年9月21日水曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その272]



「細菌は、確かに病気を引き起こすものもあるけど」


と、ビエール少年は、そもそもの問題は『カビ』なのに、と思いつつも、『細菌』について説明し始めた。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「で、それは、病原菌っていうんだけど、病原菌は細菌のごく一部に過ぎなくって、最近というのは、目に見えない小さな単細胞生物で…」




「ほよ!?『単細胞』?」

「ウチ、知っとるよ」

「なんねえ?」

「お父ちゃんが、お兄ちゃんにこの前、云うとったんよ、『お前は、単細胞じゃけえのお』って」

「お兄さん、細菌なん?」

「いつも意地悪するけえ、ウチにとっちゃあ、細菌みたいなもんよね」

「いや、お兄さんは勿論、細菌じゃなくって、『単細胞だから』というのは、考え方とか性格が単純っていう意味で…」


と、ビエール少年が、『単細胞だから』の解説をすることに疑問を持ちながらも、そう云いかけた時、


「ウチも『単細胞』じゃけえ、直ぐ好きになるんよ。んふっ」


と、少女『トシエ』が身を捩った。


「え?...??...で、それに細菌は全部が病気を引き起こすものじゃなくって、例えば、キノコだって、『菌類』なんだけど、毒キノコもあるけど、食べられるキノコも沢山あるんで…」


と、ビエール少年は、少女『トシエ』に対して、どこか疑問と、なにがしかの怖れを感じながらも、説明を続けた。



(続く)




2022年9月20日火曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その271]

 


「カビ、食べるん!?」


と、女子生徒の一人が、憧れのビエール少年から、少し身を引いた。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「んやあ、気色悪いねえ。ウチ、カビなんか食べんよ」

「正月のお餅にカビ生えたりするけど、ウチ、食べんよ。お母ちゃんは、『大丈夫よねえ』云うて、カビを削って食べるんじゃけど」




「いや、カビを削っても、お餅の中の見えないところにカビが根を張っていたりするから、食べちゃいけないよ」


と、ビエール少年が、問題はそこではないと思いつつも、『カビ問題』を解説した。


「ほいでも、トンミーくん、カビの生えたチーズ食べちゃってんじゃろ?」

「食べるけど…」

「カビの生えたお餅は食べちゃいけんのに、チーズはカビが生えとっても食べるん?」

「いや、カビといっても…」

「『バド』が食べるんなら、ウチ、カビが生えたチーズも食べてもええ」


と云った少女『トシエ』は、頬を朱に染めながら、ビエール少年を上目遣いに見た。


「そもそもカビは、菌類で…」

「え?『きんるい』?」

「ああ、細菌の『菌』で…」

「ひゃあ!細菌!カビは、細菌なんねえ!」

「ああ、気持ち悪う」

「細菌は、病気になるんじゃろ?」

「ウチ、嫌じゃ」


女子生徒たちは、両腕で自らの体を抱きしめるようにして、体を震わせた。



(続く)




2022年9月19日月曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その270]

 


「『エメンタル・チーズ』は、木の実に似た香で、臭くはなくって、いい匂いだと云われているんだ」


と、ビエール少年は、ようやくまた『エメンタル・チーズ』について説明し始めたのであったが….


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「へええ、『木の実ナナ』みたいな匂いがするん?」


聞き間違えが得意なあの女子生徒が、惚けた表情で訊いてきた。


「へ?」


ビエール少年は、『木の実ナナ』を知らなかった。当時(1967年である)、『木の実ナナ』は既にデビューはしており、それなりに知られてはいたが、まだスターと呼べる程の存在ではなかったからである。


「『木の実ナナ』はテレビに出とる人じゃけえ、ええ匂いなんじゃろうねえ」

「何、云いよるん。『木の実ナナ』じゃのうて、木の実みたいな香、云うちゃってじゃったんよ」

「木の実みたいな香いうて、どうような匂いなんじゃろう?」






「ええ匂いのチーズもある言うことなんじゃろ、『バド』?」


少女『トシエ』は、あくまでビエール少年の理解者であろうとした。


「うん、そうなんだ。それに、臭いとか、いい匂いとか、じゃなくって、臭いがあんまりないチーズもあるんだ。日本で食べられているチーズは、プロセスチーズといって、ナチュラルチーズを再加熱して発酵させることで、あまり臭いのしないものにしてあるんだ」


と説明しながらも、ビエール少年は、仄かに赤面した。


説明した知識は、博識の父親の受け売りだったからである。自分を取り囲む女子生徒たちに、先程から説明してきた『ホスチア』にせよ、『聖体拝受』にせよ、やはり父親から得た知識に過ぎず、そのことを自覚していたからであった。


「じゃけど、『バド』は、臭いチーズも食べるんじゃろ?」

「ああ、食べたことはあるけど…ブルーチーズとか」

「え?青いチーズがあるん?」

「うーん、青いというか緑というか、そんな色も混じってるんだ。うん、だって、カビが生えてるんだからね」

「ひゃっ!カビー!」



(続く)




2022年9月18日日曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その269]

 


「いや、『ヤクルト』は、飲むチーズではなくって...」


と、ただ否定することしかできず、ビエール少年には、継ぐ言葉が見つからなかった。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「ほいじゃけど、『ヤクルト』は、『乳酸菌』なんじゃろ?じゃけえ、チーズなんじゃないん?」


ビエール少年に継ぐ言葉が見つけさせない女子生徒は、非論理的論理を展開してきた。


「あのお、『ヤクルト』が『乳酸菌』なんじゃなく、『乳酸菌』が入った飲み物が『ヤクルト』で…」


ビエール少年は、また言葉を詰まらせた。


「じゃけえ、云うたじゃろうがいねえ。『ヤクルト』は、小さい瓶に入っとる甘い飲みもんなんよ。チーズは入っとらん思うよ」


皆実町の祖母の家で『ヤクルト』を飲んだことがあるという女子生徒が、非論理的論理を展開する友人を叱責した。


「ほうなん。なんか『ヤクルト』はジュースみたいなんかねえ?」

「うーん、そこはよう分らんけど、甘うて美味しい飲みもんじゃけえ、ジュースいうたらジュースかもしれん。量が少な過ぎるう思うけどねえ」

「臭うはないん?」


臭いに拘る少女『トシエ』が訊いた。




「全然、臭うはないよおね」

「じゃあ、『ヤクルト』にゃあ、やっぱりチーズは入っとらんのんじゃね」

「あのお….チーズがみんな臭い訳ではないんだ」


ビエール少年が、女子生徒たちの会話に、恐々と割って入ってきた。



(続く)




2022年9月17日土曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その268]

 


「その『エメ』なんとかいうチーズは、臭いん?」


少女『トシエ』が、恐々とビエール少年に訊いた。


1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。


「え?」

「チーズは、臭いもんじゃないん?」

「ああ、チーズは臭いとは云われるらしいけど、それはね、乳酸菌なんかが生きていて発酵、熟成が進むからなんだって」


と、ビエール少年は、チーズのの臭いについて説明しようとしたが…


「ええ?お相撲さんもチーズ食べとるん?」

「え?お相撲さん?」


ビエール少年はまた、誤解の世界に連れて行かれそうになった。


「『にゅうさんきん山(ざん)』が、『はっけようい!』でずんずんと前に進むんは、チーズ食べて元気になったあ、いうことなん?」


『乳酸菌なんか』が、『にゅうさんきん山(ざん)』となり、『発酵』が『はっけようい!』となり、『熟成が進む』が『ずんずんと前に進む』という、『ご長寿早押しクイズ』的な聞き取りを中学一年の女子生徒がしてきた。


「いや、ボクは、そんなことは…」


と、ビエール少年が、女子生徒の余りの聞き間違えに戸惑っていると、


「アンタあ、『バド』の云うこと、ちゃんと聞きんさいや」


少女『トシエ』が、聞き間違えの女子生徒を叱った。


「お相撲さんのことなんか、云うちゃってじゃないんよ。『乳酸菌』よおね」

「『乳酸菌』、ウチ、知っとる」


また別の女子生徒が、何故か目を輝かせて、言葉を挟んできた。


「『ヤクルト』じゃろ?『ヤクルト』、美味しいんよ。皆実町のおばあちゃんチで飲んだことあるんよ」

「『ヤクルト』ねえ、『ヤクルトさん』いうおばさんが持ってきてくれるんじゃろ?」


『ヤクルト』は、1963年から宅配を始めていたのである。




「ほうよねえ。甘うて美味しいんじゃけど、小さい瓶に入っとって、量がえろう少ないんよ。グっと飲んだら、もう、のうなっとるんじゃけえ。ありゃあ、もうちょっとようけえ入れとったらええのにねえ」

「へえええ、『ヤクルト』は、飲むチーズなんねえ?」


と、ビエール少年の想定を超える質問も飛んできた。



(続く)