「『エメンタル・チーズ』は、木の実に似た香で、臭くはなくって、いい匂いだと云われているんだ」
と、ビエール少年は、ようやくまた『エメンタル・チーズ』について説明し始めたのであったが….
1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。
「へええ、『木の実ナナ』みたいな匂いがするん?」
聞き間違えが得意なあの女子生徒が、惚けた表情で訊いてきた。
「へ?」
ビエール少年は、『木の実ナナ』を知らなかった。当時(1967年である)、『木の実ナナ』は既にデビューはしており、それなりに知られてはいたが、まだスターと呼べる程の存在ではなかったからである。
「『木の実ナナ』はテレビに出とる人じゃけえ、ええ匂いなんじゃろうねえ」
「何、云いよるん。『木の実ナナ』じゃのうて、木の実みたいな香、云うちゃってじゃったんよ」
「木の実みたいな香いうて、どうような匂いなんじゃろう?」
「ええ匂いのチーズもある言うことなんじゃろ、『バド』?」
少女『トシエ』は、あくまでビエール少年の理解者であろうとした。
「うん、そうなんだ。それに、臭いとか、いい匂いとか、じゃなくって、臭いがあんまりないチーズもあるんだ。日本で食べられているチーズは、プロセスチーズといって、ナチュラルチーズを再加熱して発酵させることで、あまり臭いのしないものにしてあるんだ」
と説明しながらも、ビエール少年は、仄かに赤面した。
説明した知識は、博識の父親の受け売りだったからである。自分を取り囲む女子生徒たちに、先程から説明してきた『ホスチア』にせよ、『聖体拝受』にせよ、やはり父親から得た知識に過ぎず、そのことを自覚していたからであった。
「じゃけど、『バド』は、臭いチーズも食べるんじゃろ?」
「ああ、食べたことはあるけど…ブルーチーズとか」
「え?青いチーズがあるん?」
「うーん、青いというか緑というか、そんな色も混じってるんだ。うん、だって、カビが生えてるんだからね」
「ひゃっ!カビー!」
(続く)
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