「ネズミは、チーズは好きなんじゃねえ」
と、女子生徒の一人が、チーズの穴から首を出す『トムとジェリー』のジェリーの姿を思い出しながら、そう云った。
1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。
「いや…」
ビエール少年が、再度、恐る恐る、そして、弱々しく、声を発した。
「ウチ、ネズミは嫌いじゃけど、ジェリーは可愛いけえ、好きじゃ。トムは、ジェリーを追いかけ回して、憎たらしいけえ」
「じゃけど、トムはいつでもジェリーに負けるじゃないねえ」
「いや…」
ビエール少年が、またまた、恐る恐る、そして、弱々しく、声を発した。
「ちょっとお!アンタら、静かにしんちゃいや。『バド』がなんか云うとってじゃないねえ!」
と、少女『トシエ』が、他の女子生徒たちを制した。
「どしたん、『バド』?」
ビエール少年が、当時、人気のあったアメリカのテレビ映画『パパは何でも知っている』の長男『バド』のように見えていた少女『トシエ』は、ビエール少年が『バド』ではないと分りつつも、少年本人に対し、そして、周り他の女子生徒たちがいるにも憚らず、『バド』と呼ぶ。
「え?『バド』?」
「なんか云いよってじゃったじゃろ?」
「ああ、あのお、ジェリーが食べているチーズは、『エメンタル』なんだ」
自分を囲む女子生徒たちに気圧されて、ビエール少年の声は、か細かった。
(続く)
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