(参照:アメリカに自由はあったか(その6)【米国出張記】の続き)
『(Compri)Hotel』の快適なベッドで十分な睡眠をとったエヴァンジェリスト氏は、1989年6月21日は(2017年の今から28年前のことだ。そして、その日は、時差の関係で米国ではまだ6月21日であった)、上司、後輩と一緒にホテルを出た。
そして、ホテル近くの提携先の会社に向った。
訪問目的は、エヴァンジェリスト氏の会社が提携するフランスの企業とのビジネスに関する報告である。
訪問したその米国の提携先企業も、そのフランスの企業と提携しているので、そのフランスの企業とのビジネスを日本でどのように展開しようとしているのかを報告(説明)する為の訪問であった。
その報告は、上司とエヴァンジェリスト氏とで行った。
同行した後輩は、その米国の提携先企業との本来のビジネスの打合せが先方の現場担当者とあり、上司とエヴァンジェリスト氏との報告には立ち会わなかった。
上司とエヴァンジェリスト氏とが会ったのは、提携先企業のPresidentであった。
その米国の提携先企業には、日本語を話せる日系人がおり、普段は、こういった打合せは同席するが、その日は、都合がつかず、同席しなかった。
打合せは、勿論、英語である。
先ず、用意した資料に沿ってエヴァンジェリスト氏が説明をした。
説明が終ると、Prsidentが質問をしてきた。
英語での打合せはヒヤヒヤものであったが、予め内容を知っているビジネスについての打合せであり、Presidentの質問内容も難なく理解でき、英語で回答もきちんと返すことができた。
英語で外国人と会話が成立すると、調子者のエヴァンジェリスト氏は途端にいい気になった。
何だか、できるビジネスマンになった気がした。
Presidentの他の質問には的確に答えることができた。
その横で、上司は沈黙を続けていた。
その内に、Predientは、今後の戦略に関わる質問をしてきた。
エヴァンジェリスト氏自身で答えられなくはない質問であったが、そこはまだまだ若手の平社員の自分が答えてはいけない、と判断した。
そこで、横に座る上司の方を向き、
「Presidentは、『XXXXXXXX』って云ってますよね。当社としては、どうしましょう?」
と上司に訊いた。
Presidentが云っていることは、上司も分っていらっしゃるであろうが、どう答えたもんでしょ、と云ったのである。
エヴァンジェリスト氏は知っていた。
上司が殆ど全く英語を理解できないことを知っていた。だから、『Presidentは、『XXXXXXXX』って云ってますよね』と先方の質問を確認するフリをして、上司にその質問内容を教えたのである。つまりは、通訳でないフリをして通訳をしたのだ。
「ああ、そうだな。俺は『YYYYYYYYY』だと思うな。日本ではそうしたい、と思っている」
と、上司は、エヴァンジェリスト氏に向って、そう答えた。
それを受けて、エヴァンジェリスト氏はPresidentに云った。
「当社としては『YYYYYYYYY』としようと思っています」
上司は勿論、英語で自分の意思を相手に伝えることはできないのだ。
こういったやり取りを1時間余り続けた。
その間、上司は、エヴァンジェリスト氏の横で踏ん反り返っていた。度胸だけはある人であった。
上司は、以前、1年弱ではあるが、その提携先企業のニュー・ヨークのオフィスに常駐していたことはあるのだ。
しかし、上司の英語力をエヴァンジェリスト氏は知っていた。だから、通訳しないフリをして通訳をしながら、Presidentと打合せをしたのだ。
疲れた。想定していた事態ではあったが、想像以上に上司は英語ができないようであったのだ。
上司は、訪問の間、『Oh, Hello!』と『Oh!Goodbye』くらいしか言葉(英語)を発しなかった。
だが強気な上司は(弱いところを見せるにが大嫌いな上司は)、自分が英語が分からないことを、英語を喋ることができないことを認めようとはしないのだ。
予期できていた苦難ではあったが、疲れた。自分だって、そんなに英語が出来る訳ではないのだ。
しかし、その日のエヴァンジェリスト氏の苦難はまだ苦難と呼べる程のものではなかった。
翌朝、更に大きな苦難がエヴァンジェリスト氏を待っていたのである。
(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿