「iBookって、使い易いんですよね。使っている人に訊くと皆、そう云うんですう」
『ですう』と、JANA機内で甘えた声でスチュワーデス(CA)に話し掛けられている男は、ビエール・トンミー氏の知る男であった。
「ええ、使い易いですよ。全然違います」
と、すました声でスチュワーデス(CA)にそう答えたビエール・トンミー氏が座る席に数列前の席の男は、長年のMacユーザーで、ビエール・トンミー氏が、よく知る男であった。
「しかし、アイツ、何故、ここにいるのだ……」
と、ビエール・トンミー氏は、自問したが、答は分っていた。
アイツは出張中なのだ。アイツは、1年中、国内あちこちに出張しているのだ。アイツは、『プロの旅人』なのだ。
そう、アイツは………
スチュワーデス(CA)が、勤務中の機内で仕事を忘れ、甘えた声で話し掛けている男は、『プロの旅人』であった。
「エヴァ!」
そう、ビエール・トンミー氏がよく知る男は、そう、彼の友人であるエヴァンジェリスト氏であった。
『プロの旅人』氏同様、『プロの旅人』であるエヴァンジェリスト氏が、JANA機に乗っていることは全く不思議ではない。
むしろ、ビエール・トンミー氏が、その時、JANA機に乗っていることの方が不思議と云えば不思議であった。しかし、混乱と忿怒のビエール・トンミー氏は、冷静な判断力を失っていた。
エヴァンジェリスト氏は友人であるが、許せなかった。
何故、アイツが、白蛇の指のスチュワーデス(CA)から、恋人然とした声の掛けられ方をしているのだ。
スチュワーデス(CA)が、iBookに関心があり、iBookを機内で使っているエヴァンジェリスト氏に声を掛けていることは分っていた。
しかし、スチュワーデス(CA)の声は、ただ単にiBook使用者に対して質問をする声音ではなかったのだ。
「ええ、使い易いですよ。全然違います」
と云うエヴァンジェリスト氏に対して、スチュワーデス(CA)は、
「ですよねえ。いいなあ」
と更に甘えた声を発した。
「機会があれば、切替えて下さい」
エヴァの奴、どうしたのだ?俺なら、もっと云うぞ。
『機会があれば私がセットアップもお手伝いしますし、その後も分らないことがあればサポートしますよ』、と云うぞ。
しかし、エヴァンジェリスト氏は、『機会があれば、切替えて下さい』という以上の言葉を発しなかった。
だからなのか、
「ええ…………」
と云ったまま、スチュワーデス(CA)は、エヴァンジェリスト氏の席の横にまだ立ったままでいた。
そうか!焦らし作戦なんだな!
焦らして、焦らして、スチュワーデス(CA)の想いを更に募らせる作戦なんだ!汚い奴め!
ビエール・トンミー氏の顔の紅潮は、頂点に達しようとしていた。
(続く)
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