「iBookですか?」
JANAのスチュワーデス(CA)は、ビエール・トンミー氏の席の前方席に座る男に、そう声を掛けた。
前方席の男が手元のテーブルに置いていたのは、AppleのiBookであった。
「ええ」
男が答えた。
「いいですよねえ。アタシ、迷ったんです。Windows使ってるんですけど、iBookに切換えようかと思って……..でも、何か、勇気がなくって…….」
「ああ」
「いいんでしょう?」
スチュワーデス(CA)の言葉遣いは、もうスチュワーデス(CA)のそれではなくなっていた。
「ええ、いいですよ」
と、答えながらスチュワーデス(CA)の方に顔を向けた男の顔を、ビエール・トンミー氏は、その時、初めて見た。
「!」
ビエール・トンミー氏は、固った………..
「あ、アイツ、何故、ここに……」
と呟いて口を開けたままとなったビエール・トンミー氏の表情は、『唖然』という言葉を体現したものであった。
「iBookですか?」
と、スチュワーデス(CA)が声を掛け、それに答える男は、ビエール・トンミー氏の知る男であったのだ。
「使い易いんですよね。使っている人に訊くと皆、そう云うんですう」
『ですう』というスチュワーデス(CA)の言葉遣いは、もうスチュワーデス(CA)のそれではなく、恋人に対して、とまではいかないものの、親しい人に対する物の言いようであった。
間違いなくアイツだ!
アイツは、長年、Macユーザーなのだ。Macintoshが世に出て間もない頃から(会社では、少なくとも1987年以降)、ずっと会社でもプリベートでもMacを使っているのだ。
「ええ、使い易いですよ。全然違います」
アイツは、すました声でスチュワーデス(CA)にそう答えた。
「ですよねえ。いいなあ」
スチュワーデス(CA)は、完全に自分の立場を忘れていた。彼女の姿を見ず、その言葉を聞いただけであれば、周囲の乗客は、OLが憧れの上司に甘えている、と思ったであろう。
「しかし、アイツ、何故、ここにいるのだ……」
と、ビエール・トンミー氏は、自問したが、答は分っていた。
アイツは出張中なのだ。アイツは、1年中、国内あちこちに出張しているのだ。アイツは、『プロの旅人』なのだ。
そう、アイツは………
(続く)
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