「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、不祥事を起こした『TOKIO』の山口達也メンバーに対して、『TOKIO』のリーダーである城島茂が厳しい言葉を吐く一方で、山口達也メンバーについて、『TOKIO』復帰が叶わなかったら、坂田利夫、江木俊夫、黒沢年雄、田母神俊雄からなる『TOSHIO』入りすればいいという『ひん曲がったこと』を云う輩が出てくることを、まだ知らなかった。
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「うっ!」
という声を発したきり、エヴァンジェリスト氏はそれ以上、声を出すことができなくなった。
1980年12月、上池袋の『3.75畳』の下宿で、小さな炬燵に足を入れ修士論文『François MAURIAC論』書いていたエヴァンジェリスト氏は、モーリアックは、精神的自叙伝とも云われる『続・内面の記録』(Nouveaux mémoires intérieurs )を手にするべく、炬燵に足を入れたまま、体を180度回そうとしたのであった。
エヴァンジェリスト氏は、François MAURIAC』(フランソワ・モーリアック)の最高傑作『蝮の絡み合い』(『Le Nœud de Vipères』)を境にフランソワ・モーリアックの小説は変わる、と捉えていた。
『罪人の復権』とでも呼ぶべき思想を、フランソワ・モーリアックは、『蝮の絡み合い』で初めて示した、とエヴァンジェリスト氏は考える。
その『罪人の復権』についての記述があったはずと思い、『続・内面の記録』を確認しようとしたのだ。
修士論文を書くにあたり、エヴァンジェリスト氏は、参考文献を机がわりの炬燵の上に置き、そこに置ききれないものは、座布団代わりとしていた万年床の布団の上に、自らの体を取り巻くように置いてあり、『続・内面の記録)』は、座った体の真後ろに置いてあった。
エヴァンジェリスト氏は、炬燵に足を入れたまま、体を180度回そうとしたが…….
「うっ!」
という声を発したきり、エヴァンジェリスト氏はそれ以上、声を出すことができなくなった。
体を左100度程、回したまま、そのままの姿勢で万年床に倒れ、
「(うっ!)」
と、苦悶の声も、声にならなかった。
『曲がった』体勢のまま、斜め上に天井を見た。
「(死ぬう…….このまま、この体勢のままでボクは死ぬのか……?)」
上池袋の『3.75畳』の下宿に来る者はいない。
「(動けない……ううーっ!)」
天井のシミが見える。いや、天井のシミしか見えない。
「(………)」
まだ声が出ない。
天井のシミ、節が、人間の顔に見えるとも云うが、何にも見えない。
それより何より、
「(痛い…….……ううーっ!)」
しかし、
「(死ぬう…………んん?)」
いや、死にそう、ではないようだ。猛烈な痛みがあったが、痛いからといって死ぬものではない。
少しずつ冷静さを取り戻してきた。
「(だが、動けない…….)」
『3.75畳』に『曲がって』倒れたままだ。
「(このままでは『生き神クマリ』のように、この部屋の中に居続けることになる…….)」
しかし、目だけは動いた。視線が天井から外れ、目の前の万年床に移った。
そこには、『Nouveaux mémoires intérieurs』(続・内面の記録)があった。
「(そうだ…….『罪人の復権』であった)」
ようやく自身が置かれた状況を理解できてきた。
(続く)
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