「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、好きになった女性との結婚を親に反対されながらも『真っ直ぐに』愛を貫き、結婚したものの、その女性(つまり、妻)から、後に『私の人生を返せ』と言われるようになることを、まだ知らなかった。
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「(うっ!)」
と、エヴァンジェリスト氏は、苦悶の声も、声にならなかった。
1980年12月、上池袋の『3.75畳』の下宿で、小さな炬燵に足を入れ修士論文『François MAURIAC論』書いていたエヴァンジェリスト氏は、モーリアックは、精神的自叙伝とも云われる『続・内面の記録』(Nouveaux mémoires intérieurs )を手にするべく、炬燵に足を入れたまま、体を180度回そうとし、無理をしてしまったのだ。
「(死ぬう…….このまま、この体勢のままでボクは死ぬのか……?)」
とも、思うが、声が出ない。
「(痛い…….……ううーっ!)」
と、心中で唸りながらも、痛みが少し、少しだけだが和らいできた。
「(失敗だ……失敗してしまった…..…ううーっ!.......『曲がったことが嫌い』なボクとしたことが!)」
『曲がったことが嫌い』な自分が、体を思い切り『曲げ』、ほぼ真後ろにあったNouveaux mémoires intérieurs』(続・内面の記録)を取ろうとしてしまったのだ。
「(…ううーっ!)」
唸りながらも身を起こし、更に、体を『やや左に傾けたまま』立ち上がった。しかし、このままではいけない。
『曲がったことが嫌いな男』であるエヴァンジェリスト氏は、自身の体が『やや左に傾いた状態のまま』であることに我慢がならない。
「(….む………)」
しかし、姿勢への不満の前に痛みをなんとかする必要があり、エヴァンジェリスト氏は、『やや左に傾いた姿勢のまま』部屋を出て、下宿の階段を気をつけて降り、明治通り沿いの歩道に出た。
「(見るな!)」
すれ違う人に睨みをきかせた。こんな『曲がった姿勢』を他人に見られるのが嫌であった。実際には、彼のことなんぞ、誰が見ることはなかったのだが。
5m程行ったところにある店の扉を開けた。
「いらっしゃい」
店の女性(おばさん)が声を掛けた。
「あら、どうしたの?」
苦痛に顔を『歪め』、姿勢も『歪めた』エヴァンジェリスト氏を見て、店の女性(おばさん)は、店のカウンターから出てきた。
「(…….)……痛いんです…..」
(続く)
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