「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、後に、フラッシュ・メモリーを発明した舛岡富士雄さんについて、変人扱いされる方であるかもしれないが、実は、ただ『曲がったことが嫌いな男』でいらっしゃるだけなのだ、と思うようになることを、まだ知らなかった。
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1980年12月、上池袋の『3.75畳』の下宿で、小さな炬燵に足を入れ、万年床を座布団替りに、修士論文『François MAURIAC論』書いていた時、エヴァンジェリスト氏は資料として、モーリアックの精神的自叙伝とも云われる『続・内面の記録』(Nouveaux mémoires intérieurs )を手にするべく、炬燵に足を入れたまま、体を180度回そうとし無理をしてしまった。
「うっ!」
という声を発し、体を左100度程、回したまま、そのままの姿勢で万年床に倒れた。
「(死ぬう…….このまま、この体勢のままでボクは死ぬのか……?)」
とは思ったが、無論、死ぬことはなく、少し時間を経て、『やや左に傾けたまま』部屋を出て、下宿の階段を気をつけて降り、明治通り沿いの歩道に出た。
5m程行ったところに薬局があったのだ。
「あら、どうしたの?」
店(薬局)に入ると、苦痛に顔を『歪め』、姿勢も『歪めた』エヴァンジェリスト氏を見て、店の女性(おばさん)が、店のカウンターから出てきた。
「(…….)……痛いんです…..」
「痛いの?.....背中?」
「(…….)」
声が出ない。右手で肩を叩き、次いで、その手を脇の下から背中に回すようにした。
「ああ、首、肩、背中ね。じゃあ、湿布ね。それと痛み止めだわね」
そう云うと、店の女性(おばさん)は、カウンターの向こうに戻った。
声が出ず、『歪んだ』姿勢のまま、エヴァンジェリスト氏の視線は、カウンターになっているガラス・ケースに行った。
「(…….?)」
ケースの端に、ひっそりとオシャレな小箱が重ねてあった。
「(…….チョコレート?)」
いや、そこは薬局であった。
「(…….!)」
薬局にチョコレートがある訳がなかった。
「(…….!)」
今なら、ドラッグ・ストアには、チョコレートのみならず、色々な食料品が売られているが、当時の薬局は、文字通り薬を販売するところであったのだ。
「(…….!!)」
それが何であるか、判った。
「(おお…….!!)」
体そのものは『歪んで』いたが、ある部分が『真っ直ぐ』となった。
「おや、熱もあるのかい?」
店の女性(おばさん)が、カウンター越しに声を掛けてきた。
「(…….??)」
「顔が赤いわよ」
そう云われ、若きエヴァンジェリスト氏の顔は、更に紅潮した。
(続く)
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