「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、自分のMac好きの影響を受けた息子は、『真っ直ぐに』Mac好き(というかApple好き)になっただけではなく、ギャグ・センスも自分の影響を受けるようになることを、まだ知らなかった。
-------------------------------
「エヴァンジェリストさん、寒いわねえ。そんなとこ立って、どうしたの?」
そう声をかけて来たのは、薬局のおばさんであった。修士論文『François MAURIAC論』の執筆中に体を痛めたエヴァンジェリスト氏の背中に湿布を貼ってくれたおばさんであった。
1982年の冬、エヴァンジェリスト氏は、池袋の交差点近くにある薬局前、公衆電話ボックス横に、茶色のカジュアルなコートを着て立っていたのだ。
「あ、今晩は。スキーに行くんです」
「へええ、いいわねえ。若い人は」
「初めてなんです」
「あーら、じゃあ、気をつけないとね。体痛めたら、また湿布でも貼ってあげるわ」
『湿布』と聞き、エヴァンジェリスト氏は、顔を紅潮させた。
「あら、熱あるんじゃないの?顔が赤いわよ」
「いえ、大丈夫です」
と答えながら、エヴァンジェリスト氏は、コートにポケットに突っ込んだ両手で股間を抑えた。
『湿布』と聞いた瞬間に、『湿布』を買いに行ったあの時、カウンターになっているガラス・ケースの端にひっそりと置かれた、チョコレートの箱のようなオシャレな小箱を思い出したのだ。
それは勿論、チョコレートの箱ではなく、その用途を想像し、エヴァンジェリスト氏の体のある部分に『異変』が生じたのだ。
「女の子も一緒なの?」
「へっ!?」
「女の子も一緒なの?」
と云ったのは、薬局のおばさんであった。
「へっ!?」
エヴァンジェリスト氏は、想定していなかった質問に素っ頓狂な声を返すのがせいぜいであった。
「女の子も一緒だと、楽しいわよね。ふふ」
自分の頭の中を、いや、コートの下の体のある部分を見透かされたような気がした。
「(いや、アソコが反応したのは、スキーに女の子たちも行くからではないのだ。あの小箱を思い出しただけなのだ)」
エヴァンジェリスト氏は、相手のいない反論を頭の中でした。
「好きな子も一緒なのかい?」
「へっ!?」
気になる娘がいない訳ではなかった。しかし、その時は、まだなんの関係もなかった。
「まあ、楽しんでらっしゃい」
薬局のおばさんのその言葉に、エヴァンジェリスト氏の顔の紅潮は増し、体のある部分は、『自分は曲がったことが嫌いです』と云わんばかりの硬直を示した。
「ふふ」
謎の含み笑いを残し、薬局のおばさんは、薬局に戻って行った。
「プ、プー!」
(続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿