2018年10月31日水曜日

【ビエールのオトナ社会科見学】ホイコーローを作る[その11]







『京急川崎』の改札を抜ける。乗るのは、『大師線』だ。

『大師線』のホームは、改札を入って正面にある『セブンイレブン』の右手だ。

「京急って、『セブンイレブン』なのね?」

マダム・トンミーが云いたいのは、京急は駅売店を『セブンイレブン』にしているのね、という意味だ。

「ああ」

駅構内に入ると、背後に射るような視線を感じなくなり、ビエール・トンミー氏は、ホッとしていた。

「『セブンイレブン』って、ボクが東京に来た頃にできたんだよ」

そうだ。日本に、『セブンイレブン』1号店ができたのは、1974年である。

それはまさに、ビエール・トンミー氏が、大学浪人生活を送る為に上京した年(1973年)の翌年であった。



「上井草で初めて『セブンイレブン』に行ったんだ。大学生の時だ」
「上井草で?...ああ、エヴァさん?」
「うん、エヴァの奴が上井草に下宿していたからね」

ビエール・トンミー氏の友人であるエヴァンジェリスト氏は、そう、当時、上井草に下宿をしていたのだ。正確には、住所は『下石神井』であったが、最寄駅が『上井草』であった。

「エヴァちゃんがね。『最近、上井草駅前に『小さいスーパー』ができたんだ』と教えてきたんだ」



(続く)



2018年10月30日火曜日

【ビエールのオトナ社会科見学】ホイコーローを作る[その10]







「(松坂慶子…?)」

『内田有紀』を探して、京急川崎駅前の横断歩道で、信号待ちをする時、ビエール・トンミー氏は、左右に視線を送った時に、あるご婦人に睨まれたのだ。

「(いや、そんなはずはない。松坂慶子が、こんなところにいるはずがない)」

松坂慶子だって、京急川崎辺りにくることはあるかもしれないので、ビエール・トンミー氏の思いに正当性がある訳ではなかった。

しかし、そう、そのご婦人は、多分、松坂慶子に似たご婦人であったのであろう。

「(だが、どうして、どうして、ボクを睨むのだ?)」

信号変り、横断歩道へと足を出した。

「京急って、殆どの駅名を変えるってニュースあったわよね?」

横断歩道を渡りながら、線路の高架横に付けられた『京急川崎駅』という駅名看板を見て、妻が訊いてきた。

「あ?...ああ」

ビエール・トンミー氏は、気のない返事をした。

「『京急川崎』も駅名を変えるのかしら?」
「いや、『京急川崎』は変えないんじゃなかったかなあ」

なんとか妻に答えたが、背中に射るような視線を感じていた。

「(ボクが何をしたというのだ?『松坂』さん、貴女のことを視ていたわけではない)」

信号待ちの際の『松坂慶子』のきっとした表情は、何故か、こう云っているように見えた。

「私は、武家の女よ!」




(続く)


2018年10月29日月曜日

【ビエールのオトナ社会科見学】ホイコーローを作る[その9]







川崎駅北口を出て、京急川崎駅方面に向かうエスカレーターを降り、その先にある横断歩道を渡る。

『パリミキ』前を通り川崎フロンティア・ビルを左折すると、崎陽軒の店舗が見える。

「やっぱり崎陽軒よねえ」
「え?」

妻の問い掛けに、ビエール・トンミー氏は、上の空であった。

横断歩道で信号待ちをしている時、南武線の中にいた『内田有紀』が、こちらを見た。いや、見たような気がしたのであった。

娘らしき中学生くらいの少女を連れた『内田有紀』は、いい匂いがした。

「(いや、似ているが違う。『内田有紀』ではない)」

信号が青に変り、横断歩道を渡る時、股間に『異変』が生じた。

「崎陽軒のシウマイ弁当って、ホント美味しいわ」
「あ…ああ、美味しいねえ」



股間の『異変』のせいで歩き難く、歩が遅れていた。しかし、先を行く妻を追いながら、眼は、『内田有紀』を探していた。

「(あ?どこに行ったのだ?)」

横断歩道を渡る時、人混みの中に『内田有紀』を見失っていた。

「シウマイは臭うけど、あの味には替えられないわ」
「(うっ!止めてくれ!シウマイの臭いがしてきたではないか。折角、『有紀』さんの芳しい匂いがしていたのに…..)」

京急川崎駅前の横断歩道で再び、信号待ちをする時、妻に悟られぬよう、左右に視線を送った。

「いっ!」

思わず声を出した。

「ん?何か、云った?」
「んんん。いや、何も…..」

なんとか妻は誤魔化したが、あるご婦人に睨まれたのだ。


(続く)


2018年10月28日日曜日

【ビエールのオトナ社会科見学】ホイコーローを作る[その8]







「アータ、どうしたの?」

横断歩道を渡るのに歩が遅れる夫に、マダム・トンミーが声を掛けた。

「いや、鞄がちょっと脚に当って….」

確かに『カメレオン』をぶら下げた鞄が夫の脚というか、股間に当っていた。

『カメレオン』は、口からメガネ拭きを出すアクセサリーだ。マダム・トンミーが夫に買ってやったものである。それを夫は、外出用の鞄に付けたのだ。



「これを鞄に付けてると、一人で外出した時も君を感じられるんだ、股間にね。むふっ!」
「んんん、もう!アータったら」

夫は、『変態』だ。会社の情報システム部のエースと云われ、スマートな先輩であった。

自分が所属するマーケティング部のシステムの開発が切っ掛けで付合うようになったが、付合い始めの頃は、夫は『正体』を見せなかった。

段々と『付合い』が深まるにつれ、夫は『変態』振りを見せるようになったが、『変態』なカレシも嫌ではなかった。

夫は、会社の女性社員の憧れの的であったのだ。そのハンサム先輩を自分が射止めたのだ。

そして、会社ではスマートなところしか見せない先輩が、自分の前では『変態』となることを自分以外の誰も知らない。それが、嬉しかったのだ。

「アタシだけだは、カレの『コト』を知ってるの。ふふ」

マダム・トンミーは、夫の鞄からぶら下がる『カメレオン』を見ながら、思わず呟いたのであった。


(続く)



2018年10月27日土曜日

【ビエールのオトナ社会科見学】ホイコーローを作る[その7]







「(『有紀』さん……..)」

南武線の中にいた『内田有紀』が、娘らしき中学生くらいの少女と信号待ちをしていた。

いい匂いの正体は、『内田有紀』であった。

「(いや、似ているが違う。『内田有紀』ではない)」

しかし、横を向いたまま、ビエール・トンミー氏は、見とれていた。

「信号変ったわよ」

妻の声に我に戻り、前を向き、信号を渡ろうとした。

「(ん!?)」

前を向こうとした瞬間、『内田有紀』がこちらを見た。いや、見たような気がした。

「(ん!?)」



横断歩道を渡ろうした時、歩きにくさを覚えた。股間に異変が生じていた。


(続く)



2018年10月26日金曜日

【ビエールのオトナ社会科見学】ホイコーローを作る[その6]







京急川崎駅方面に向かうエスカレーターで降りながら、周囲を見廻した。

真後ろを見た時、そこにいた(上にいた)女子高生が、制服のスカートの裾を抑え、キッと睨んできた。

「(いや、違う!そんなんじゃないんだ!)」

背後の方にあの視線を感じたのだ。南武線で感じたのと同じ視線を。

しかし、また女子高生に睨まれたくはなかったので、ビエール・トンミー氏は、そのまま前を向いていた。

「(ボクは若い娘が好きだが、ロリコンではない。少なくとも20歳以上でないと……)」



エスカレータで下まで降りると、直ぐ近くに横断歩道がある。そこを渡り、少し歩くと京急川崎駅だ。

信号が赤だったので、妻と並んで待った。そして、ふと横からいい匂いがしてきたので、視線を遣った。

「えっ!」

小声だが思わず声を出してしまった。


(続く)



2018年10月25日木曜日

【ビエールのオトナ社会科見学】ホイコーローを作る[その5]






ビエール・トンミー氏は、友人に感謝した。

「(エヴァちゃん、君のお陰だ。君のことを思うと、うまい具合に、アソコも『萎える』)」

南武線の座席に座るビエール・トンミー氏は、股間を抑える必要はもうなくなっていた。

「(エヴァちゃん、君のお陰だ。君から聞いた山口瞳さんの話をしていれば、『内田有紀』の方を視ることも我慢できる)」

そうこうするうちに、南武線の快速は、川崎駅に着いた。

トンミー夫婦は、乗っていた電車の先頭車両の方に行き、更にその先にある上りエスカレーターに乗った。

「ここを上がると、川崎駅北口なんだって」
「あ、そう」
「今年(2018年)、出来たんだそうだ」

北口改札を出ると、真新しい店々があった。

「あら、綺麗ねえ。川崎駅って、こんなんだったかしら」
「ラゾーナはいいけどね」

駅に隣接するショッピングパークの『ラゾーナ川崎』には、妻とクルマで来たことがあった。

「ラゾーナって、色々なお店があるものねえ」
「広場もあるし…..ああ、エヴァちゃんが、いつかあの広場で、『ライブ』やろうか、って云ってたなあ」
「何のライブ?」
「ああ、そこが問題だ。エヴァちゃんは、そこのところには触れず、ただ『ライブ』やろうか、って云うのだ」
「あの広場では、歌手がよく『ライブ』しているのよねえ」



川崎席北口を出て、京急川崎駅方面に向かうエスカレーターへと歩いていた。

「ほら、エヴァちゃんて、ずっと石原プロ入るって云ってるだろ。石原プロ入りして、俳優もするけど、歌手もする、と云っていたから、歌手として『ライブ』するつもりなんだろうなあ。まあ、あと半年もすると、65歳で再雇用も満了となる老人の妄想さ」
「いいんじゃない」
「え?」
「だって、アータ、エヴァンジェリストさんが芸能界入りしたら、マネジャーになる、って云ってたじゃない」
「あ、ああ」
「アータも、会社を辞めてもう5年も家でゴロゴロしてるんだから、エヴァンジェリストさんのマネージャーでもした方が健康にいいわ。アータには、もっともっと長生きして欲しいもの」
「え、そうかあ?」

妻の意外な言葉に多少狼狽えていた時であった。

「(.......ん?)」

また、あの視線を感じた。南武線で感じたのと同じ視線だ。


(続く)



2018年10月24日水曜日

【ビエールのオトナ社会科見学】ホイコーローを作る[その4]







「ふーん….あ-….」

と軽くあくびをする妻の横顔を見ながら、ビエール・トンミー氏は、自分が尋常ではない記憶力の持ち主で良かった、と思った。

「南武線にね、矢向って駅があるんだけど、山口瞳には、幼い頃、母親に連れられ、矢向の駅近くに踏切に佇んでいたような記憶があるんだって。エヴァちゃんが云うにはだけどね」

エヴァンジェリスト氏から聞いた話を覚えていたのだ。全くない興味話ではあったが、覚えるともなく、ビエール・トンミー氏は、友人からの話を記憶していたのだ。

「ヤマグチヒトミ、って、直木賞作家ね」

山口瞳は、亡くなって、もう20年以上経つし、マダム・トンミーの世代の作家ではないはずだが、マダム・トンミーは、夫よりも10歳も若いものの、読書家で博識だ。

「ああ、サントリーの宣伝部にいたらしい」
「開高健と一緒にね」
「エヴァちゃん、開高健のお嬢さんの道子さんの修士過程で一期下だった、て云ってたな」
「ヤマグチヒトミ、って、『トリスを飲んでハワイに行こう!』でしょ」
「ああそうだ。知ってたの?」

妻が、『トリスを飲んでハワイに行こう!』という広告のキャッチ・コピーを知っているとは思わなかった。



「上手いコピーだわ。でも、アタシ、サントリーよりキリンがいいわ」

いい感じだ。アソコも『鎮まった』。


(続く)



2018年10月23日火曜日

【ビエールのオトナ社会科見学】ホイコーローを作る[その3]






我慢した。ビエール・トンミー氏は、我慢した。

「(そうだ、南武線に、内田有紀がいる訳がない。空似だ…..)」

ビエール・トンミー氏は、必死で自身を納得させようとしていた。そして、『内田有紀』の方を視ないよう、我慢した。

「エヴァちゃんがね」

そうだ、こういう時は、あの男を持ち出すに限る、とビエール・トンミー氏は、友人の名前を口にした。アイツのことを考えると、『萎える』。

「アイツ、少し前まで地方出張ばかりしてただろ」
「ええ、そうですってね」
「羽田空港に行く時には、国立駅からじゃなくって、谷保駅から南武線に乗るんだって」
「あら、どうして?」
「中央線は混むし、人身事故やらなんやらで遅延することも多いんだって。その点、南武線は中央線程、混まないし、遅延することもそんなに多くないらしいんだ」
「ふーん」



妻には、興味のない話だ。しかし、それでいいのだ。『鎮める』ことができれば、それでいいのだ、アソコを。

「南武線で川崎まで行って、少し歩いて京急川崎まで行くんだって」

自分だって、エヴァンジェリスト氏が出張の際に、どういう経路で羽田空港まで行くか、なんて全く興味はない。

「ふーん….あ-….」

妻は、軽くあくびをした。いいのだ、いいのだ、それで。


(続く)



2018年10月22日月曜日

【ビエールのオトナ社会科見学】ホイコーローを作る[その2]






「(う、う、内田有紀!?)」

鞄で隠してはいたが、左手で股間を抑えたまま、ビエール・トンミー氏は、心中語で吃った。




「アータ、どうしたの?」

隣に座っている妻が声を掛けた。

「ん!?...ああ、今日、楽しみだねえ」
「そうねえ。アータとこうしてお出掛けして、『学べる』のって、幸せだわ」
「うん、ボクも」

もう64歳になった老人が、『ボク』も、ってどうかとは思うが、妻と相対していると、若返るのだ。マダム・トンミーは、夫よりも10歳も若いのだ。

「(ああ、いけない!.....ボクには、こんな若くて可愛い妻がいるのに)」

妻の横顔を見た。妻の体臭がほのかに匂った。

「(…ああ、この匂いだ。…..ふううん….安心する匂いだ)」

昨晩、ビエール・トンミー氏は、夢にうなされた。

「て…が….た….ああ、ううーーーーーー!」

と寝言というか、寝たまま呻き声を上げたらしい。

絞れば汗が落ちる程に、パジャマが濡れており、マダム・トンミーは、夫のパジャマを脱がせ、全身をタオルで拭いた。股間だけは、『事情』があり、拭くのに少し苦労したが。

「ううーーーーーー!違う、違ううううううう」

と呻く裸の夫を、マダム・トンミーは、抱き締めた。

「アータ、もういいのよ」

そして、自分の胸に夫の顔を埋め、夫の頭を撫でた。

「アータ、もう会社は辞めてるのよ。もう苦しまなくていいの」

マダム・トンミーは、涙ぐみながら、夫の顔をさらに強く自分の胸に押し抱いた。

その時、ビエール・トンミー氏は、意識を失ったままであったが、

「(….な、なんだ、この匂いは?咲子の香水ではないな。…でも、安心する匂いだ)」

と、妻に救われたのであった。




「(それなのに、ボクとしたことが、他の女性に…….それに、南武線にいる訳がないではないか、内田有紀が!)」

しかし、ビエール・トンミー氏はまだ、鞄で隠してはいたが、左手で股間を抑えたままであった。


(続く)


2018年10月21日日曜日

【ビエールのオトナ社会科見学】ホイコーローを作る[その1]




「(.......ん?)」

視線を感じた方を視る。

「(な、な、な…….んだ?)」

武蔵溝ノ口を出たばかりだ。

「どうしたの、アータ?」

妻は、夫ビエールに訊いた。

「…ん?......いや……南武線って久しぶりだから」

ビエール・トンミー氏は、並んで席に座る妻の方に振り、答えたが、回答になってはいなかった。しかし、妻は気にした様子ではなかった。

「そうね。快速があるのねえ」
「ああ…….」

夫の反応は、気のないものであったが、それも仕方がない。

「(一体、なんなんだ?.....誰だ?)」

再び、視線を感じた方を視たが、誰がこちらを見ているでもなかった。

「南武線って、もっと田舎な路線かと思ってたけど、そんなことないわねえ」
「ああ…….」



まだ車両内に視線を回していたが、その時……..

「っ…..!」

中学生くらいの少女を連れた中年の女性が、こちらを向いた。

ビエール・トンミー氏は、股間を抑えた。


(続く)


2018年10月20日土曜日

【50,512】マダム・トンミー、夫を救う[その8=最終回]







「スズ……..ううーーーーーー!」

驚いて目を開けた。八度目だ。マダム・トンミーは、完全に身を起こし、横で寝ている夫の方に体を向けた。

「アータ…..!」

マダム・トンミーは、ベッドの上で、夫のパジャマの上を脱がせた。絞れば汗が落ちる程に、パジャマが濡れていた。


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「て…が….た….ああ、ううーーーーーー!」

マダム・トンミーは、夫のパジャマの下も脱がせた。股間から異臭がした。

「うっ!」

噎せたが、下着も取り、タオルで夫の全身を拭いた。股間だけは、『事情』があり、拭くのに少し苦労した。

「ううーーーーーー!違う、違ううううううう」
「アータ!」

マダム・トンミーは、裸の夫を抱き締めた。

「アータ、もういいのよ」

自分の胸に夫の顔を埋め、夫の頭を撫でた。

「アータ、もう会社は辞めてるのよ。もう苦しまなくていいの」

夫は、一流会社に勤務し、もう5年前に(2013年に)リタイアしているのだ。

「でも、色々あったのね」

そこそこの地位にもつき、会社のマドンナと云われた自分と結婚もし、会社で特段の苦労をしたとは思っていなかった。

「そうよ、分かるわ。会社ってそういう所なのよね」

完全リタイアし、もうすっかり日々、退屈を持て余しているだけの老人と思っていたが、夫はまだ、会社勤めのストレスから解放されていなかったのだ。

「ごめんなさい、気が付かなくて」

マダム・トンミーは、涙ぐみながら、夫の顔をさらに強く自分の胸に押し抱いた。



「うっ!」

ビエール・トンミー氏は、意識を失ったまま、噎せた。

「(….な、なんだ、この匂いは?咲子の香水ではないな。…でも、安心する匂いだ)」

引きつっていたビエール・トンミー氏の顔が緩んだ。

「アータ….あら、少し落ち着いた?」

マダム・トンミーは、夫の頭を撫で、髪にキスをした。

「ん…?でも、何かしら、サキ、とか、スズとか…..」


(おしまい)