2018年10月5日金曜日

夜のセイフク[その83]





「(っ………?)」

生徒たちも先生たちも、沈黙した。喉がつまるような沈黙であった。

1970年の広島県立広島皆実高校の体育館であった。その日は、弁論大会の日で、全校生徒が体育館に集合していた。1年7ホームの番であった(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)。

「夜、作り付けの畳の二段ベッドに寝る」

それが、演台を前にした美少年の口からようやく発せられた言葉であった。

「(っ………?)」

それは、とても弁論大会の弁士が発する言葉とは思えないものであったのだ。生徒たちも先生たちも、何かを云いたくなったが、何を云いたいのか分らず、そして、それ以上に、弁士の美少年が何を云いたいのか分からず、沈黙するしかなかったのだ。

「横の小窓を開ける」



弁士の美少年であるエヴァンジェリスト君は、聴衆の戸惑いを気にする様子もなく、自らのペースで言葉を続けた。

「(エヴァ君、君は…….)」

美少年の友人であり、自らも美少年であるビエール・トンミー君は、ステージ上の友人を心配した。いや、友人が放つ言葉が聴衆にもたらす結果を心配した。

「隣家の庭の樹の枝、枝を通し、見上げた空にあるのは、『無』である」

エヴァンジェリスト君は、表情を変えない。いや、無表情だ。

「(分からないだろう。誰も分からないよ、エヴァ君!)」

と思うものの、ビエール・トンミー君にはどうすることもできなかった。



(続く)



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