「ふーん….あ-….」
と軽くあくびをする妻の横顔を見ながら、ビエール・トンミー氏は、自分が尋常ではない記憶力の持ち主で良かった、と思った。
「南武線にね、矢向って駅があるんだけど、山口瞳には、幼い頃、母親に連れられ、矢向の駅近くに踏切に佇んでいたような記憶があるんだって。エヴァちゃんが云うにはだけどね」
エヴァンジェリスト氏から聞いた話を覚えていたのだ。全くない興味話ではあったが、覚えるともなく、ビエール・トンミー氏は、友人からの話を記憶していたのだ。
「ヤマグチヒトミ、って、直木賞作家ね」
山口瞳は、亡くなって、もう20年以上経つし、マダム・トンミーの世代の作家ではないはずだが、マダム・トンミーは、夫よりも10歳も若いものの、読書家で博識だ。
「ああ、サントリーの宣伝部にいたらしい」
「開高健と一緒にね」
「エヴァちゃん、開高健のお嬢さんの道子さんの修士過程で一期下だった、て云ってたな」
「ヤマグチヒトミ、って、『トリスを飲んでハワイに行こう!』でしょ」
「ああそうだ。知ってたの?」
妻が、『トリスを飲んでハワイに行こう!』という広告のキャッチ・コピーを知っているとは思わなかった。
「上手いコピーだわ。でも、アタシ、サントリーよりキリンがいいわ」
いい感じだ。アソコも『鎮まった』。
(続く)
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