(夜のセイフク[その85]の続き)
「夜をセイフクする。ボクは、夜をセイフクする!」
エヴァンジェリスト君は、彼の『弁論』の中で初めて、叫んだ。
そして、その言葉を最後に、エヴァンジェリスト君は、しばらく虚空を凝視た。
1970年の広島県立広島皆実高校の体育館であった。その日は、弁論大会の日で、全校生徒が体育館に集合していた。1年7ホームの番で(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)、エヴァンジェリスト君が、『弁論』をした。
エヴァンジェリスト君だけでなく、聴衆も沈黙した。
「(………)」
「(………)」
「(………)」
どのくらいの時間が経ったのだろう。いや、1分も経っていなかったであろうが、聴衆には、永遠かと思われる程の時間であった。
エヴァンジェリスト君は、視線を虚空から聴衆に移した。正面から左へ、左から右へ、彼の視線は、聴衆を射抜いた。
「(…..な、なんだ?!)」
「(………ハ、ハ、ハンサムじゃねえ….)」
「(………セイフクって、何を?)」
「(アタシ、セイフクされたい………)」
「(………変な奴だ)」
「(これって、………『弁論』?)」
聴衆は(生徒も先生も)、それぞれに何かを感じ、何かを思ったが、それを口にすることはできず、演台に手をつき、凝視てくる美少年をただただ見ていた。
視線を正面に戻したエヴァンジェリスト君は、瞼を閉じるように頭を垂れると、演台から両手を下ろし、ステージの袖の方に向かい、もう聴衆の方は一瞥だにせず、ステージから消えた。
体育館は、生徒と先生とで埋め尽くされていたが、まだ沈黙に支配されていた。
それから2年後に、その同じ体育館が、『よしだたくろう』先輩のコンサートで熱狂に包まれるとは誰も想像できない程の静寂であった。
そう1973年、広島皆実高校は、文化祭に同校の卒業生である『よしだたくろう』を招き、コンサートしてもらったのだ。
「は!......ええ、次は、1年8ホームの…..」
司会の先生が、ようやく我に返ったように、次の弁論者の紹介を始めた。
そして、1年8ホームの弁論者が登壇し、今度は普通の『弁論』を始めた頃、体育館座りした1年7ホームの生徒たちのところに、身を屈めながら、エヴァンジェリスト君がそっと帰ってきた。
それに気付いた1年7ホームの同級生や他のクラスの生徒たちは、何かを恐れれるように、美少年に目を遣った。
エヴァンジェリスト君の方も、周囲の『期待』に応えるかのように、眉間にしわを寄せていた。
しかし、友人ビエール・トンミー君の姿を見つけると、いきなり、顎を伸ばし、前に突き出した。
「(エヴァ君!)」
ビエール・トンミー君は、友人が、
『夜をセイフクする。ボクは、夜をセイフクする!』
と叫んだ時以上に、唖然とした。
エヴァンジェリスト君は、彼が敬愛するアントニオ猪木の顔真似をしたのだ。
(続く)
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