(夜のセイフク[その83]の続き)
「(これは…..覚えがある…..)」
体育館座りをした1年7ホームの生徒たちは皆、同じ感覚を持った。
1970年の広島県立広島皆実高校の体育館であった。その日は、弁論大会の日で、全校生徒が体育館に集合していた。1年7ホームの番で(クラスのことを皆実高校では『ホーム』と呼んだ。今もそうかもしれない)、エヴァンジェリスト君が、『弁論』を始めていた。
「(そう、1年7ホームの生徒たちだけは、感じるものがあるだろう。あの時と同じだから)」
ビエール・トンミー君は、周りに座る同級生たちを見ながら、口の中で呟いた。
「『されど血が』…..」
1年7ホームの誰かが、小さく声を発した。同級生たちは、頷いた。
「(そうだ、皆、そうなんだよ。これが、エヴァ君なんだ)」
放送劇『されど血が』の放送を聞いた時(『放送』と云っても、ホームルームでテプを流しただけであったが)、1年7ホームの生徒たちは認知的不協和に陥ったのだ。
『されど血が』を書き、監督した少年が(フルート演奏で音楽も担当した)、
「ジャーマン・スープレックス・ホールド!」
と、いつも教室でプロレス技を同級生のミージュ・クージ君にかけている巫山戯た少年とは思えなかった(さすがに『ジャーマン・スープレックス・ホールド』は教室でかけることはできず、相手のミージュ・クージ君の背後に回って、背後から抱える素振りをし、技の名前を叫ぶだけであったファ)。
そう、あの時の感覚と同じものを、1年7ホームの生徒たちは、今、体育館の弁論大会で覚えたのだ。
1年7ホームの生徒たちは、『されど血が』に、理解はできないものの、何か重いものを感じはしたが、その重みと、その作者であり監督であるエヴァンジェリスト君の軽さとの間に得も云えぬ違和感を覚えたのだ。
「(エヴァ君、本当の君は…..)」
ビエール・トンミー君は、友人の美少年が、自宅の作り付けの二段ベッドの横の小窓から見上げる夜空のように、心に闇を持っていることを知っていた。
(続く)
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